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救命活動と親子ゲンカ

「――大丈夫かリエリー!!」


 痛いほどに強く脈打つ心臓を携え、乗客たちのいる船室を突っ切り、サイドデッキへ、文字通りにマロカは飛び込んだ。

 リエリーの実力であれば、心配は要らない。

 威療士レンジャーとしてそう確信する一方で、養父としての自分は、頭に不吉な光景が勝手に思い浮かんできていた。

 自分が重要なことを見落としていたせいで、あの子に何かあったら――。


「――本当ですか! 聖地にそんな過去があったなんて」

「まじまじ」

「じゃあさ、リエリーさん! 今度はカシーゴレンジャーについて話してくれよ。ここの威療士レンジャーって、全国トップなんだろ?」

「それ知ってる! 昔は、廃止されかけてて、すっごいリーダー?が、立て直したんだっけ?」

「まあね。なんたって、あたしたちがいるんだし。……どしたの、ロカ? そんな慌ててさ」


 が、目の前で繰り広げられていたのは、戦闘でもなければ、ましてや惨状でもなかった。

 十数人の乗客たちが車座になり、その中央で楽しげに話すリエリーの姿だった。


「……何してるんだ」

「なにって。カシーゴのこと、案内しろってロカが言ったじゃん。だから、みんなに紹介してたとこ」

「そ、そうか。悪いが、威療助手レジデントリエリー。業務のことで相談がある。ちょっといいか?」

「うん。みんな、まってて。あ、もうすぐHMCが見えるよ」


 意図を察し、乗客たちからは見えない位置に退いたマロカの傍へやってきたリエリー。そんな相棒バディへ、マロカは努めて小さく声を荒げる。


「どうして通信に出ない! 救命活動中は、常につなげておく約束だっただろう!」

「あ、ごめん。気づかなかった。話に集中しててさ」

「気付かない、じゃないだろう? あの乗客たちの中には――」

「――〈敬愛アドレイショナでしょ。わぁってるってっば。だから話で気を逸らしてた」

「……気付いてたのか?」

「ロカが船長んとこに行ったあと、ひとり、押しの強い子がいてさ。どう見ても、〈恍惚エクスタシア〉の取り巻きにしか見えない格好をしてたし、脈が変異ラインのギリギリ。んでもって、ちょっと目が濁りかけてた」

「そこまで明らかな兆候に気付いていて、俺に言わなかったのか? あの人数のなかで変異したら、どうなる!」

「……あたしに任せるって言わなかったっけ? ていうか、ロカの鼻なら“ひと嗅ぎ”じゃないの?」


〈ギア〉を外した焦茶色ダークブラウンの目が、細められる。リエリーは横槍の類いが嫌いだ。マロカの心配を、“信頼していない”と捉えたのだろう。何より、その指摘は間違っていない。

 が、だからといって褒められた行動ではない。市民がいる前で、あまりにも不用意な行動と言わざるを得なかった。


「確認を怠った俺にも責任はある。だがな、現場では上官レンジャーの指示を仰ぐ規則だろう」

「上官? いつから上下関係になったわけ? さっきまで相棒とか言ってたのは、パフォーマンスってやつ?」

「リエリー! どうしたんだ、いったい。いちいち突っ掛かってきて、おまえらしくもないぞ!」

「あたしのせいなわけ?! 見下してくるやつにはダンマリで、今度はレンジャーづら? そういうの、なんていうか知ってる?! あたしが大っ嫌いな、ゴマすり野郎だよッ!!」

「――っ」


 知らず、右手を振り上げていた。

 目を見開いたリエリー以上に、そういう行動を無意識に取りかけた自分自身にマロカは愕然としていた。

 と、あの日――リエリーを娘として迎え入れる決意をした日に、自分へ固く誓ったはずだった。この16年近く、その誓いを守り続けてきた。

 が、今、自分は――。


「――くそっ! あいつら素人かよッ! ルー! いますぐ救助艇を離れさせて!!」


恍惚エクスタシア〉の涙幽者よろしく、固まってしまっていた。そんな自分を置き去りにして、リエリーが視界から消える。

 それをきっかけに、周囲の様子が瞬時に脳内へ流れ込んだ。


「リエリー! おまえは乗客たちを――」

「――ぜったい、させないから」


 それは、自分へ向けられた言葉ではなかった。

 自分など眼中にないように、リエリーは乗客たちを押し退け、体が土色に染まりはじめた一人の元へ駆け寄っていく。

 上空では、愛機とは異なるエンジン音を響かせた、遊覧船の3倍はあろうかという大型の船が、甲板へ影を落としていた。

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