……〈ウーリ協約〉締結後の各国が積極的にこれを遵守するという姿勢は、遺憾ながら見られることはなかった。
その最大の障壁となったのは、他ならぬ同協約の第三条によるものであると多くの有識者の間で共通認識となっている。一度は人類を絶滅の瀬戸際まで追いやった脅威を、共に歩む同胞として迎え入れるという同条項が、国内外を問わず激しい論争を招いたことは、想像に難くない。しかし、転機は意外なことにも、早期に訪れることとなる。
ルカリアシア歴1856年、〈世界救命基金〉は世界威士会の創立を発表し、黒狼に対抗する新たな専門職として、
ここで、当時の〈ルフゥ評議会〉会長であり、後に初代世界威士会長を兼任することとなったルースラー・ベイルマン卿の声明を一部引用したい。
「……既知のとおり、涙幽者がわれら人と何ら差異を持たないことを、わたしは強調したい。それは科学のたゆまぬ進歩によって裏付けされてきた事実であり、同時に、彼らの命を救うことによる国際社会への貢献は計り知れないところである。威療士たちの貢献により、国際社会は秩序を保たれ、真に健やかな社会生活を市民が享受できると、わたしは確信している。……」
後年の資料開示によるところでは、威療士の設置にあたり、ラクリキア王国および北米合州国の両国が、その費用の大部分を担ったことが明らかとなっている。実際、各国が威療士の育成を自国で担うようになるまでの約10年間、威療士の活動に係る費用の大半を両国が補助している。その総額は非公表ながら、一国の国家予算に匹敵するという概算がなされている一方、両国のGDPが停滞した統計は存在しない。
現在に至るまで、対立関係にあった両国が協力関係を築いた理由は、多くの議論がなされている。後代への先見の明があったと評価する有識者がいる一方、威療士の活動に伴う知的財産を狙った公算をしていたという分析を唱える者もいる。
確かなことは、世界威士会および威療士の誕生により、黒狼――涙幽者との闘いに大きな変化が生じたことだ。……
※註釈……本文中には、現代において差別用語となる語句が含まれるが、原文のまま記載した。