「――くっそ……っ! バイタル上昇、飢餓係数減少! 〈トランキライザー〉が効いてないぞっ!」
「クリス、押さえてて!」
「アンナ、クリス! もうすぐ
ハンドルを取られつつも、車体を安定させるべく、バーンズ・ゴトウ
(なんでこんなことになったってんだ……っ!
統合データーベース〈ミーミル〉からの予測通報は、ごくありふれた〈
実際、自分たちが現着したときには、涙幽者化の直後で、
何事もなく〈ドレスコード〉が完了し、あとはメディカルセンターへ搬送すれば一件落着――のはずだった。
「――――」
「クリス!? リーダー!! クリスが……っ!」
禍々しい咆哮に続く、クルーの悲鳴。
回顧から無理やり引き戻されたバーンズの思考が、その直前に耳を叩いていた、肉が切り裂かれる音の出どころを反射的に浮かび上がらせる。それが長年の
チームリーダーとしての責務も、威療士としての使命も頭から消え、バーンズはブレーキペダルに足を置きかけた。
「……駄目、だ……いけ、バーンズ……ネクサスに、敷地に入、れ……ここじゃ、市民が……」
そんな自分の迷いを察したように、苦し紛れなクリスの声が、背中を押していた。
自分たちには、〈ドレスコード〉後にクラスシフトしたこの涙幽者を止める力がない。もし今、自分が救助車を止めれば、覚醒した涙幽者が自分たちを喰らい、車体を切り裂いて街に解き放たれる。通勤通学のこの時間だ。その先に待ち受ける悲劇は、想像するまでもない。
「おれたち、は……レンジャー、だろ……」
「……っ! すまない……っ!」
足を踏み替え、ダッシュボードに並んだ非常警報を連打しつつ、がむしゃらに車体を加速させる。
そうして、涙で歪んだ視界に、待ち望んだ
警報が届いたのだろう。厳重に封鎖されている幾重ものゲートが、すべて開いている。――が。
「なんであんなところに子どもがいるっ?!」
ファーストゲートの奥、セカンドまでの中間あたりの道路に、モスグリーンの小柄な人影が見え、バーンズは絶望で唇を噛み切っていた。
市民の被害を防ぐためにクルーが犠牲になったというのに、目の前では仁王立ちした子どもが行く手を塞いでいる。
もはや、衝突は避けられそうもなく、バーンズはただ己の不甲斐なさを呪う。
声が聞こえたのは、そのときだった。
「――