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覚醒

 作戦はシンプルだ。

 異常事態が発生したことを伝える、特徴的なサイレンを鳴らしながら、枝部ネクサスのゲートへ突進してくる。救助車。そのデザインは、古典的な救急車に酷似していて、形状としては運転席と、後部の格納部に分かれていた。

 まず間違いなく涙幽者スペクターは、後部にいるはずだ。現に、個有能力ユニーカで宙へ釘付けにした車体の後部から唸り声が耳に届いていたし、愛機〈ハレーラ〉には敵わなくても、堅硬な作りの格納部の壁には、内部から衝撃を受けた凹凸が刻まれている。


(まずはレンジャーを放りだそっと)


 運転席でハンドルを握っている〈ユニフォーム〉の男性。面識のがない以上は仕方ないが、こちらを見る目が驚愕に見開かれていた。

 それだけなら、まだいい。自分を知らない威療士はいくらでもいる。


(あきらめんなッ! レンジャーがあきらめたら、“腹ぺこレベネス”はどうなるんだよッ!)


 蒼白な顔に色濃く滲み出た、諦観。それがリエリーの苛立ちを募らせる。

 おおよそ、クルーが涙幽者の牙に掛かったのだろう。焦りや不安は、理解できる。

 が、『万事休す』のような表情は、いただけなかった。


「ドライバー! さっさと跳べッ! 〈ユニフォーム〉があるだろッ!」

「だ、だが、クルーが後ろに――」

「――だから邪魔ッ!」


 個有能力ユニーカを強化し、高度を上げ、運転席のドアを引き開ける。案の定、放心状態に近い威療士が、引き攣った声を飛ばしてくる。話すだけ無駄であると判断し、リエリーは威療士の腕をつかんでコンソールから〈ユニフォーム〉の耐衝撃レベルを引き上げた。そうして、有無を言わせずに車外へと、放り投げる。


切り裂け、鎌鼬エアクリープ!!」


 無人になった運転席へ個有能力ユニーカを放ち、ギロチンよろしく車体から切り離す。

 旧式とはいえ、涙幽者用に設計された車体だ。ユニーカへの反動が大きく、刹那、リエリーはバランスを崩しかける。

 狙ったように車体後部から咆哮が轟き、面に圧縮された大気の壁が迫る。


「――――」

「卑怯なヤツは嫌われるんだよッ!」


 重力に任せ、敢えて重心を傾けることで、涙幽者の個有能力ユニーカを躱す。肩口を掠めていった空気の塊から、むっとした血の臭いが漂っていた。


(重傷か。はやく“腹ぺこレベネス”を引き離さないと!)


 威療士装備を持たない今の自分では、得意の高速〈ドレスコード〉ができない。車内の威療士から〈ユニフォーム〉を借りる算段だったのだが、この様子だと期待できそうになかった。

 瞬間、膨れ上がる個有能力ユニーカの気配を察し、リエリーは反射的に車体を蹴っていた


「――――」


 かろうじて原形を留めていた、救助車。

 その車体が、膨張――したように見せかけて、次の瞬間には弾け飛んでいた。


「……欲張りッ!」


 そうして、リエリー同様、風の個有能力ユニーカで空中に留まる、漆黒灰の巨躯。

 その異様に長い左右の腕の先、サバイバルナイフさながらの長い刃渡りから滴る、赤い雫。

 完全に覚醒した涙幽者が、両のカギ爪に二名の威療士を突き刺したまま、こちらへ、白濁したその双眸を向けていた。

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