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出向者アイサ・サイラス

「――チーム〈HT〉のレンジャー2名は、一命を取り止めたそうだ」


 カシーゴ・威療士枝部レンジャーネクサスの一室、ブリーフィングに使われる中会議室で、おもむろに耳元へと手を当てた白の制服姿――ジョン・ハリス枝部長が、集合した一同を見回してそう告げる。

 緊張感で張り詰めていた室内の空気がわずかばかり緩み、安堵の波が威療士たちの輪に広がっていた。

 そんな一同の反応を確かめ、ハリスは背に腕を組んだまま、淡々と言葉を継ぐ。


「諸君らの奮闘の結果だよ。素早く正確な救命活動が、命を救う。まさに、われわれカシーゴレンジャーの真価が発揮されたケースと言えるね。諸君を改めて誇りに思う。私からは、以上だ。……チーフ・ハスキーラ」

「かしこまりましたわ。本事案の子細は、当該救命活動を担ったレンジャーの回復を待って聞き取りを実施する予定です。それまでの期間、レンジャーの皆さまはスペクターの〈クラスシフト〉に充分、ご留意くださいませ」

「オペレーター・チーフ」

「何でしょう、レンジャー・ゴメス」

「チーム〈HT〉リーダーの証言では、今回〈ミーミル〉による脅威判定はレギュラーだったとのことで。率直なところ、救命活動中の〈クラスシフト〉に対応するのは、限度があります。この点について、ネクサスとしてはどう対処するつもりかお聞かせ願いたい。クラス2のスペクターは、留意でどうにかなるものではありませんよ」

「ええ、ごもっともですわ。その件に関して現在、統合データベース〈ミーミル〉の管理を担う世界威士会エアーに検証を依頼しています。現時点での〈エアー〉の回答ですと、本ケースは極めて稀な確率計算の“揺らぎ”ではないか、とのことでしたわ」

「揺らぎ……?」

「僭越ながら、わたくし、『次も専門用語で茶を濁すつもりなら、枝部長会議に諮る』と言ってやりましたの。よろしくお願いしますわね、ネクサスマスター?」

「ほむ。これは、いつも通りの展開というわけだね。私に、拒否権はないからね」


 室内に冷ややかな失笑が広がる。ハリスお得意の自虐ネタだ。


「とはいえ、だ。レンジャー・ゴメスの提起は正しい。スペクターは、われわれの都合を待ってはくれないからね。当座の対応とはなってしまうが、全てのレンジャー諸君には追加の〈ユニフォーム〉を支給する。併せて、〈トランキライザー〉の投与上限値を引き上げることを枝部長権限で承認した。追って詳細を通知する」

「――ちょっとまって」


 着席していた一同の目が、一斉にこちらへ向けられる。その中には、露骨に疎む目も混ざっていたが、いつものことだった。

 それらは無視し、出入り口近くの壁際に背を預けていたリエリーは、真っ直ぐハリスだけを見据えて、発言許可を待った。


「何かな、レジデント・リエリー・セオーク」

鎮静剤トランキライザーの上限あげたら、耐えられない“腹ぺこレベネス”が出るけど。そこ、どーすんの?」

「相手はネクサスマスターだぞ。どういう口の利き方してんだ、あのレジデント……」

「レンジャー・セオークの相棒バディだからって……」

「さっきだって、チーム〈HT〉のリーダーを引きずり出してたよね……」


 会議室のそこここから挙がる、囁き声。なるべく表情を変えないまま、リエリーは拳を握り締めてやり過ごす。

 倦んだ囁きのさざ波を静めたのは、意外な相手の一言だった。


「――カシーゴレンジャーってぇ、鉄の結束って聞いてたんだけどぉナ。これって、どうゆうリンチなん?」

(……さっきのスナイパー)


 声の主は、部屋の前方、最前列のテーブルに腰掛けていた、中折れ帽フェドラハットの少女だった。

 深紅のメッシュが入った腰まである長髪を豪快に梳き、後ろに跳ねさせた少女は、挑発的な目でハリスを見上げる。


「手厳しい指摘だね、レンジャー・アイサ・サイラス。せめて、性根が素直だと言ってくれると嬉しいんだが」

「フーン、ハートのボイスがダダ漏れなんだぁ」

「……さて、紹介が遅れてしまったな。諸君、知っている者もいると思うが、こちらはエウコリン・レンジャーネクサス所属のアイサ・サイラス君だ。恒例のレンジャー交流の一環として、われわれカシーゴレンジャーに出向している。今度は自己紹介してくれるね、レンジャー・サイラス」

「仮上官のネクサスマスターに言われちゃ、しょうがないナ。ハイハーイ。わたしはアイサ・サイラス、19歳。そこの“風遣い”に次いで、この国で二番目に若いレンジャー。そそ、ネクサスマスター・ハリス?」

「何かな」

「出向の条件、吞んでくれたのよネ」

「本人にはまだ言っていないんだが……」

「じゃあ、わたしが言ってあげる。――リエリー・セオーク。わたしと組んでくれるわネ?」

「……はあ?!」

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