報告会が終了した中会議室には、4人の姿だけが残っていた。
リエリー、カニンガム、ハリス、そして“出向者”のアイサだ。
もっとも、報告会の解散と同時に居残りを命じられたリエリーとしては、釈然としないいろいろな展開を問い詰めるのに丁度よかった。
「……ハリハリ。あたし、なんも聞いてないんだけど」
「言っていないからね。だがその前に、ネクサスマスターとして言っておくことがある。……レジデント・リエリー。私の記憶が正しければ君、単独での救命活動を慎むようにと、昨日言われたはずじゃなかったかい。先刻の一件は、どういうつもりかな?」
二日前、遊覧船での
白制服の柔和な、だが凜々しい相貌を見上げ、リエリーは端的に答える。
「あれは救命活動じゃない。あたしは、通りがかりで出くわしたから、ちょっと手を貸しただけ」
「手を貸した、か。チーフ・ハスキーラ。損害は、おおよそどのくらいになるんだい?」
「はい、ネクサスマスター。チーム〈HT〉救助車の全壊に、セキュリティゲートの破損、その他の物的損害を含めると、これくらいの額になるかと」
ハリスの問いかけに対し、手元の端末へ指を走らせたカニンガム。続けざまに宙へ浮かんだ資料に記された金額を見、リエリーは小声で「げっ」と漏らしてしまった。
「君が市民として無許可で手を貸した場合、この費用は、君に請求することになる。とはいえ、未成年であるから、支払いはご家族になるがね。だが、もし君が
「……あたし、〈バッズ〉がない」
「いいや。君のレンジャー〈バッズ〉は、
(今度、ジムにルーのハンバーグを持ってこ)
粋な計らいをしてくれた老警備員に心中で礼を述べる。
その一方で、着々と自分を策に追い込んでいるハリスには、細めた目を向けてやる。
「やり方が腹黒いんだけど」
「何、これが大人のやり方ってもんさ」
「こほん。ネクサスマスター?」
「おっと、言い間違えたようだ。聞き流してくれ。……ともあれ、だ。君に依頼したおかげで、人的損害はゼロに抑えられた。さらに、こちらのサイラス君のアシストで、スペクターも昏睡状態に留まっている。よってロドラ君には、私から話しておこう。彼もレンジャーだ。理解してくれるだろう。いずれにしても、クラス2のスペクターを相手にこの結果は、称賛に値する。カシーゴレンジャーを預かる者として、両名に礼を言いたい」
「ウェルカ~ム。でもでも、お礼なら、言葉以外にもほしいんだけどナ」
テーブルに腰掛けたまま、中折れ帽の少女が手をヒラヒラさせる。目が合うと、ウインクをしてきたので慌てて視線を逸らした。
「そこで、だ。レジデント・リエリー。しばらくの間、サイラス君と動いてみないかね。君は言わずと知れた武闘派だ。対して、先刻も見ての通り、サイラス君は北米トップクラスの
「言ったはずだよ、ハリハリ。あたしは、ロカ以外とペアは組まないって」
「もちろん、覚えているとも。レンジャー・マロカの
「……もしかして、もうロカに言った?」
「心外じゃないか。私はそこまで強権な上官ではないよ?」
おどけて言ったハリスへ、3人の目が一斉に向けられる。
咳払いを挟むと、枝部長は何事もなかったように言葉を続けた。
「チームリーダーの許可は取るさ。彼が反対するとは思わないがね。何より、3名での救命活動は、君の将来に役立つ」
「将来……? なんのこと?」
唐突に、ハリスの口から出た、将来という言葉。脈絡が見えてこず、リエリーは寄せた眉がさらに寄るのを禁じ得ない。
「文字通りの意味だよ。君は、独立が目標なんだろう、レジデント・リエリー。そのために、じき実施されるレンジャーライセンス・テストを受ける予定だと、チーフ・ハスキーラからも聞いている。君がレンジャーとなった暁には、チームでの活動が見えてくる。ならば、今のうちから慣れておくのは、役に立つのではないかな?」
「レンジャーになってもあたし、クルーは要らないから」
「……まさか貴方、
「そだけど。てか、ロカだって昔、そうだったし。問題ある?」
驚きと呆れが混じった問いをカニンガムに投げかけられ、つい、リエリーはつっけんどんに質問で返していた。
ソロ
読んで字の如く、チームも
多くの場合、ソロ威療士は二種類のタイプに分かれている。
全盛期を過ぎた老年の威療士や、負傷等で救命活動の現場に立てなくなった威療士が、他の若いチームにアドバイザーとして入る、いわゆる
もう一つが、
彼らは、抜きん出た身体能力や特異な
(ま、扱いづらいレンジャーばっかりだって聞くし)
カニンガムの反応は、そんなソロ活躍の危険性を考えてのことなのだろう。
遊撃威療士の負傷率、殉職率は、威療士全体の中でも特に高い。高い能力を持つとは言え、ほとんどの出動タイミングが、悪化した状況の最中なのだ。
加えて、そういう状況に喜びを覚える性格の者が多いと聞く。進んで犠牲になる者などいないだろうが、過酷な状況に危機感を感じなければ、必然的に引き際を誤ることにつながる。
(あたしはそうならない。あたしは、ぜったい死なせはしないんだ。自分も、“
共に帰還する。
救命活動での大原則を、リエリーは進んで拡大解釈する。
口に出せば、『理想だ』と笑う者がいる。『綺麗事だ』と、一顧だにしない者もいる。あるいは、『不相応だ』と、眉をひそめる者もいる。
が、リエリーは少しもそう思わなかった。
なぜなら、自分が背中を追いかけ続ける威療士は、それを体現しているからだ。
ならば、それは決して夢物語などではないはずだ。
「もしかしてぇ、わたしの影響だったりするのかナ? リエリー・セオーク」
「あんたみたいに自惚れてないし」
「グサッ! さっすが、ファースト! 物言いが超~ストレート」
大仰な仕草を伴い、わざとらしく挑発を仕掛けてくるアイサ。そんな彼女に対して、リエリーは苛立ちながらも、複雑な感情を抑えられない。
(“バレット・ニードル”のアイサ。世界最年少の、ソロレンジャー……)
「ほむ。ならば、こうしようじゃないか。そも、スカーミッシャーであるサイラス君には、私の出動命令がない限り、自由行動が認められている。ないことを願うばかりだがね。ならばこの際、チーム加入うんぬんも自由としよう。年若い二人とも、立派な〈バッズ〉持ちだ。すなわち、大人だ。サイラス君は、行きたい場所に行けばいい。リエリー君は嫌ならば、直接サイラス君に言えばいい。あとは若者同士で、というわけだな。これで、許可も手続きも不要になる。ハスキーラ君も手間が省けて、皆がハッピーだ。うん、さすがは私だな」
「ご自身の責任逃れにもなりますしね、ネクサスマスター」
「ははは。……さて、私はこれで退散としよう。何せ、ネクサスマスターだからね。やれやれ、仕事が山積みだよ」
「ハリハリ、にげたな」
「ウンウン、レッツゴーだネ」
そそくさと向けられた制服の背へ、リエリーとアイサの言葉の矢が突き刺さる。気のせいか、その背が普段よりも丸まっているように見えて、リエリーは少しだけ、自分の言葉を省みてしまった。
「二人とも、それくらいにしておいてくださいまし。ネクサスマスターは、徹夜明けなんですの」
「そ。じゃ、激しい夜だったんだ――痛たっ!?」
「おやおや~? そういうカンケイなんだぁ~。フーン――痛っ!?」
「大人をからかうからですわよ」
あながち冗談のつもりでもなかった発言に対し、カニンガムの
「ハリハリさ、忙しくても寝る時間だけは死守してなかったっけ」
「ええ、そうなんですけれど……。昨夜、重要な
「カニカニ抜きで?」
「そうですわよ、このカニカニにも話せない機密事項ですって」
もはや、リエリーの渾名を訂正する気力もない、とばかりに、肩をすくめるカニンガム。こんな姿は初めてで、リエリーの直感が『危険な話題』だと告げていた。
「そ、そなんだ……」
「それでレジデント・リエリー。貴方、ネクサスに来た本当の理由はなんですの? 非番の朝からやってくるなんて、よっぽどではなくて?」
「あー、よっぽどでもないっていうか、ついでにっていうか……?」
「しゃんと仰い! まさか、憧れのレンジャー・サイラスを前に緊張しているんですの?」
「うれしー! ファーストがわたしに憧れてるなんてぇ! サインしよっか? それともツーショット? あっ、でもでも、ソシャにアップは勘弁ネ」
「ち、ちがうし! べつに憧れてなんか……」
「そうでしたの? 貴方、レンジャー・サイラスのカードを集めていたでしょう? ですからてっきり――」
「――書類! あたし、書類を出しにきたんだってば! けど、わかんないとこあったから、その、カニカニに訊こうっておもって」
「最初からそう言えばよろしかったのに。さ、わたくしのデスクへどうぞ」
真顔で促され、仕方なくリエリーは退室する。
が、心中ではこう思っていた。
(……カニカニ、怖っ)