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制服のジェーン・ドゥ

「ずいぶんお早い帰還ですのね、ミス・ジェーン・ドゥ。野宿では、さぞかし窮屈でしたでしょうに」

「車中泊には慣れているものでね。おかげで、定まった場所では眠れなくなってしまったが」


 本気とも、冗談とも取れない返しの言葉を受け、カニンガムは完璧なワークスマイルを返す。

 眼前に立つ、紺碧の制服姿の女性。その制服の前面には、〈ダブル・ウィング〉のエンブレムに記されている二対の翼が、銀と金に刺繍されていた。が、二対の翼が包んでいるはずの地球ルカリシアのモチーフは見られず、まるで大洋に巨大な翼が浮かんでいる印象を与えてくる。


(やはりこんな制服、どの記録にもありませんわ)


 昨晩に初めて目にして以来、カニンガムは密かに客人の調査をおこなっていた。

 職業倫理に触れる行為であるという自覚はあったが、結局、不審感がそれを上回った。

 が、努力も虚しく、この“ジェーン・ドゥ名無し”を名乗った女性の情報は、一つも見つからなかった。


(いったい、何者なんですの……?)


 一つだけ確かなことは、ジェーン・ドゥは只者ではないということだ。おそらく、相当な地位にある人物に違いない。

 反面、不思議と、その態度に苛立ちを覚えることはなかった。

 決して温かいとは言えず、むしろ冷淡さを感じさせる淡泊な言葉だが、そこに他者を見下す意図は微塵も感じられない。つまり、他者を指揮することに慣れているということだ。他方、これまでカニンガムが接してきた、驕ることに慣れきった“お偉方”とはまるで異なる誠実さが感じ取れるのも事実だった。


(裏を返せば、対立はしたくないタイプですわね)


 染みついた思考回路が、つい相手を“敵”か“味方”に分類しようとしていることに気が付いて、カニンガムは心中で苦笑してしまった。ずいぶんと時が過ぎたというのに、刻まれた習慣というやつは簡単に消えてくれないらしい。

 素性がどうあれ、ハリスが面会を認めた相手だ。これ以上の詮索は、彼の顔に泥を塗ることになりかねない。


「ご苦労をお察ししますわ。それでは、ミス・ドゥ。お役に立てることはありますでしょうか」

「いや、今度こそ、これで失礼させてもらうよ。気遣いに感謝する、チーフ。では、ネクサスマスター、これで」

「ああ、ジェーン」

(……ファーストネームですの?!)


 言葉少なげに軽く頷いた、ハリス。その態度に、思わず青筋を立てかけてしまう。

 と、颯爽と踵を返した来客の足が止まった。


「そうだ。最後に一つ、訊きたい。貴官は、レジデント・リエリー・セオークと見受けるが?」

「……そうだけど、なに」


 相変わらずと称するべきか、ジェーン・ドゥに問いかけられても不遜な態度を変えないリエリー。眉をひそめ、見下ろす隻眼を睨み返している。隣では、アイサが「ワオ。大胆」と声を潜め、ハリスに目を向けると、肩をすくめていた。

 が、謎の制服女性は気にする素振りもなく、淡々と言葉を継いだ。


「そうか。では、レジデント・リエリー・セオーク。――

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