目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

Morning Patrol

 同じ枝部ネクサスに所属する威療士レンジャーは、現在地を共有することが義務付けられている。

 効率的な救命活動の遂行のためであり、同時に連帯感を促すという枝部長ネクサスマスターの狙いもあった。それに、いざという時は救援に駆けつけることができる。

 つまり、自身のコンソールに、無断で共有マップを接続したリエリーのように、他の威療士を監視するためのものではないのだ。


高級住宅街マキュレット・パークね。飛べない家に大金かけて、どうすんだろ」

「それがぁ、リッチな人間のステータスだからだよぉ?」


 愛用のキックグライダー、そのアクセスレバーを噴かしつつ、リエリーは独りごちる。

 その独り言に、間近から返答が返り、何度目かわからないフラストレーションの唸り声を漏らしていた。


「……マジで付きまとうつもり? ウザいんだけど」

「イヤ~ン! めっちゃ嫌われてるんですけどぉ! てゆうかぁ、わたし、してるだけなんですけどぉ?」


 、ソロ威療士の少女。黄金色に輝く双眸を湛えたまま、その少女――アイサ・サイラスは、一切、息を乱さずにニコニコしているだけだ。

 住宅街に入り、スピードを落としたとは言え、グライダーの速度は短距離走の世界記録を優に超えている。

 そんな走行中のグライダーに、アイサは言葉通り、自身の足で併走していた。


「……そのユニーカ、燃費がいいってマジ?」

「おやおや~? わたしのこと、気になってきたのかなぁ、リエリー・セオーク」

「……」

「ブスッとしないでぇ。わたしのユニーカ〈アース・フロー〉はぁ、大地ガイアのエネルギーを変換してるの。だからぁ、ほとんど消耗しないんだよネ」

「それで狙撃もブレないわけか。地面とシンクロさせて、対象をロックオンしてるんでしょ」

「ウンウン。さっすがファースト。だからぁ、こういう都街とかは、わたしの独壇場なんだよぉ?」

「土があるとこじゃ、役に立たないわけか」

「正しいけどひっど~い! ネクサスみたいなガッチリした土地はいいんだけどぉ、柔らかい土地だと、どうしてもネ」


 意外にも、不得手を素直に認め、走りながら頷くアイサ。噂に聞く一癖も二癖もあるソロ威療士のイメージとは打って変わる態度を目にして、リエリーは少しだけ、彼女に対する見方を変えていた。


「ネクサスで使ってたあのニードル、もしかしてカスタム品? データベースにないモデルだった」

「そーそー。“グランマ”がね、わたしのスタイルに合うからって。あっ、“グランマ”って、エウコリンのチーフエンジニア」

「あんたは……なんで、麻酔弾にこだわるわけ。ソロレンジャーなら、実弾が使えるでしょ?」

「んー、わたしネ、人格破綻者サイコパスなの。それで類まれなトリプル・ユニーカ持ちじゃない? どお考えたって、平均よりスペクター化しやすいし、そうなったら絶対、クラス2かぁ、それ以上になるじゃん? とゆうことは、わたしって、間違いなくレンジャーにられる運命なのよネ」

「……じゃなんでレンジャーになったわけ? レンジャー嫌いにならないの?」

「そぉなんだよぁ。わたしもそう思うんだけどぉ、『憎きレンジャーめ!』って、どおしても考えられないんだよネ。たぶんー、〈ドレスコード〉されて死なないで済むのを、頭のどこかで願ってるんじゃないんかなぁ。だからぁ、麻酔弾しか使わないんだと思うの」

「思うって……。他人事かよ」

「リエリー・セオークもそうじゃない? スペクターの〈ドレスコード〉にこだわる理由、こうだぁ!って言える?」


 返された問いに、リエリーは咄嗟に答えられない。理由はあるが、それを言語化できるかと問われれば難しかった。かと言って、そう認めるのも癪だ。だから代わりに、質問で返した。


「てか、なんであたしはフルネームなわけ。ハリハリとか、フツーに呼んでたじゃん」

「それはぁ、教えな~い! だめ、ゼッタイ」

「なんだよ、それ……」


 頭をブンブンと横に振ったせいで、メッシュ入りの長髪がアイサの顔に纏わり付いていた。それが無性に可笑しく感じられて、苛立ちはどこかへ霧散していた。


「あ、あっちか」

「だネ」


 鋭敏な三角耳に、独特なAGエンジン音を聞き取って、グライダーのハンドルを素早く切る。

 装備はないが、支障はない。自分の聴覚と個有能力ユニーカ、それだけあれば、救命活動現場を探し当てるのは造作もないことだったし、必要に迫られればそれ以上のこともできる。


「ま、あたしがいま、一人で救命活動したら、ハリハリが胃を傷めるだろうからしないけどさ」

「一人じゃないよぉ?」

「あんただって、勝手に動いたらダメじゃん」

「まあネ」


 昨晩、枝部長室でのやり取りは聞こえていた。

 誰にも言っていないが、個有能力ユニーカを使って聴覚を強化していた。だから、ロドラの申し立ても知っている。

 ハリハリこと、ジョン・ハリス枝部長ネクサスマスターは恩人だ。

 自分にとっても、家族チームにとっても、彼の存在は大きい。ハリスの尽力がなければ、チームがカシーゴでやっていくことも、自分が威療助手レジデントとして認められることもなかっただろう。

 さすがに、その相手を困らせるようなことをするほど、自分は子どもではない。


「“ピザ屋”だし、あたしの出番はないでしょ。てか、相変わらず、イカしたデザインじゃん」

「ワーオ。デッカ~いピザが飛んでるぅ」


 マキュレット・パークに差し掛かる路肩にグライダーを止め、跳ね上げたアビエイターグラス越しに空を仰ぐと、奥のほうに浮かぶ円盤形の機影が目に入った。芸が細かいことに、円盤は敢えて傾斜を付けてホバリングしていて、時折こちらを向く機体上面には、真っ赤なトマトソースとバジルの緑が、紛うなきマルゲリータを表している。


「あの救助艇マルゲリータ、たしか、機体回転のためだけに一基、エンジンを足したって、レイが言ってたっけ。シュリシュリ店長チームリーダー、やるじゃん」

「レイってだぁれ?」

「ウチのエンジニア。超スゴ腕」

「リエリー・セオークの“グランマ”ネ」

「どっちかってーと、“グランパ”だけど」


 実用性には全く貢献しない、むしろ、整備面を考えれば手間しか増やさない魔改造。

 だが、そういういっそ清々しいまでの個性が、リエリーは好きだ。付け加えれば、そういった法スレスレのカスタマイズを、文句を垂れながら施してくれるメカニックは、カシーゴ広しといえど一人しかいない。その意味でも、“ピザ屋”――威療士チーム〈スターダスト・ピザSP〉には、親近感のようなものを感じられるのだった。


「ファイト」

「ででで? なんかぁ、怖ぁい人たちがこっちを睨んでるんですけどぉ」

「警備か。んじゃ、イイ覗きポイントでも探すか。双眼鏡は、レンジャー装備じゃないし、使ってもだいじょうぶでしょ」

「ハイハーイ!」


 前方から、私用警備車両が近付いているのを見て取って、リエリーはグライダーを反転させる。威療士として来ていない以上、下手な不審感は面倒の元だった。特に、同行者がいる今はなおのことだ。

 住宅街の周囲には、高層ビルがズラリと建ち並んでいる。どれかの屋上か、上階あたりなら、充分に現場を見下ろせるはずだ。グライダーの座面下収納メットインに入れてある、高性能双眼鏡を思い浮かべ、リエリーは口角をニヤリと吊り上げた。

 そうして、グライダーの速度を上げて、朝のカシーゴ・シティを疾走していく。

 隣ではアイサがニコニコしながら、併走している。

 不思議と、嫌な気はしなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?