「――何なの、あなたたち?」
ドアチャイムを鳴らしてまもなく、応対に出た壮年の女性。客人に向けるつもりだったのだろうその表情が、たちどころに曇り、怪訝な顔に変わっていた。
(やっぱ、そうなるのね)
培った営業スマイルを浮かべたまま、ティファニーは心中で嘆息する。
女性の態度の変化は、予想通りだ。これまで何度も似た表情を向けられてきたから、慣れてはいる。が、慣れているとはいえ、何も感じないわけでもなかった。
「どもー。カシーゴいちのピザ屋こと、〈スターダスト・ピザ〉接客担当、ティファニー・ロスです。ティファニーちゃん、って呼んでくださいねー。こっちは仕入れ担当のベジー・ボーイ」
「だ、だから、その呼び方はやめてってばぁ……」
「ピザ屋? うちは何も頼んでないわ。間違いね、きっと」
肩をすくめてドアを閉めようとする女性に笑顔を向けたまま、ティファニーはしっかり、つま先をドアの隙間に差し込んで閉められるのを防いだ。
「やだなー、ミス・タイラ。こーんな朝っぱらにピザをオーダーするのは、あんまりオススメできないですよー。さすがに健康面が心配ですし。特に、子どもがいるなら、なおさらです。子どもの肥満は、一大事ですからね」
「……うちに子どもがいるって、どうして知ってるの?」
「まあまあ、そう警戒しないで。ここ、ゲーテッドコミュニティーですもんね。表札があるわけでもないし。わたしら、こんな格好ですしね。怪しさ満点なのは認めますよー。ですけど、真面目な話、落ちついてくださいねー。実は、こういう者でして」
敢えてケバケバしいネオンカラーに設定していた〈ユニフォーム〉を、ハンドサインで即座に本来の色――
すかさず、イヤコムに報告が返る。
『心拍上昇。でも、反転係数は出てないよ』
(第一段階はクリアね)
成り行きがどうあれ、その出現は、否が応でも感情を揺さぶってしまう。
そして、その出現を意味する蒼い外套を纏った人間が突如、玄関先に姿を見せれば、ますます感情を揺さぶってしまう。
だからこそのカモフラージュなのだが、ピザを持っていないピザ屋という出で立ちも充分、動揺させるような気はするのだが。
「そんな……っ!? どうしてレンジャーがうちに?!」
「深呼吸してくださいー。わたしらはパトロール中にちょびーっと、立ち寄っただけですから。……けが人はいませんね?」
案の定、胸を押さえて動揺を見せる女性に、ティファニーは冷静と明るさのバランスを取った声で確認を求めた。同時に、ドアが開けられたときから瞳を黄金色に輝やかせているはずであろう
もちろん、パトロール中というのは方便だ。
カシーゴを始め、
街中の監視カメラに内蔵された反転感情を検知するセンサが、付近の反転感情をリアルタイムでモニタリングし、そのデータを元に統合データベース〈ミーミル〉が涙幽者の出現予測を行う。予想値が基準を超えた場合、『予報通報』が威療士へと届けられ、こうして自分たちが現場へと赴くという仕組みだ。
涙幽者が一度出現すれば、ほぼ間違いなく被害者を生む。だからこその“予報”であり、威療士ならば無駄足になるよう喜んで期待し、出動していく。
が、残念ながら、膨大なデータを擁し、世界最高性能を誇る〈ミーミル〉の“予報”が外れることは極めて稀だ。
「半径20メートル以内に血痕反応なし。中に複数の熱源反応があるよ。大きさからして子どもっぽいかな」
「オーケー」
少なくとも屋内に、重傷者は出ていないらしい。そのことに安堵していると、今度は上空で待機中のパイロットから、別の報告が届いた。
『ボス、住居の裏手から微弱な反転感情を検知したよお』
『救命班、了解。向かいます。ティファニーたち救護班は待機。こちらに誰も来ないようにしてください』
「ラジャー」
続いたチームリーダーの指示に、ティファニーは嘆息を呑みこんだ。誤報だったら、という期待は今回も実りそうにない。
となれば、これからすべきことは決まっている。ある意味、こちらのほうが負傷者の救命よりもハードだと、つくづく思う。
――おかあさんを連れていかないで!!
「……っ」
もはや、ルーティンと化した、フラッシュバックする遠い記憶。それを、これまた習慣になった手を伸ばすことで肯定する。後ろ手に握り返された温もりが、ただただ心強かった。
「キッズたちをよろしく、エド」
「まって、ティファ。向こうから――」
すぐに動けるよう、体の重心を下げたところで、住宅の女性の「トーマス!」という呼び声が重なった。踵を返した女性を、ティファニーは背後から羽交い締めにし、「すこーし眠っててくださいねー」とグローブに内蔵されたナノニードルを、首筋に突き立てる。
「いいからエド、行って!」
ぐったりともたれかかってきた女性の体をそうっと横たえながら、ティファニーは相方に鋭く呼びかけた。――そのとき。
「――ママ?」
「っ――?!」
一向に戻らない母親を心配する幼い二つの顔が、部屋の奥からこちらを覗いていた。