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チームリーダー・アシュリーの考え

 救護班――ティファニーとエドゥアルドに指示を与え、ブランドンには特例申請を依頼した。その返答を待つ間、指をくわえて待っているつもりは、アシュリーにはさらさらなかった。

 ここは住宅街だ。当たり前だが、周辺には大勢が住んでいる。

 確実性を重視するなら、半径1ブロックを封鎖し、住民を避難させるのがベストではある。


(そんなことをすれば、ますます混乱が広がるだけですが……)


 良くも悪くも、威療士レンジャーの知名度は高い。

 たとえ、理由を作って避難を促したところで、〈ユニフォーム〉を目にすれば、涙幽者スペクター絡みであると市民は簡単に気付くだろう。ただでさえ、涙幽者への変異が増えている時勢だ。不用意に不安を煽るのは、得策ではない。

 となれば、最善の手はおのずと見えてくる。


「救命班。僕たちは、被害が出る前にスペクターを〈ドレスコード〉します。居場所を特定し、付近で待機。ブランドンの手配が完了次第、ターゲットを無力化します。いいですね?」

「ボスが言うならー」

「妥当な作戦だな。時間をかけるほど、ジリ貧になるんなら、一気に叩くだけだ」


 クルーたちの賛同を確かめ、アシュリーは紫ベースの〈ギア〉を掛け直すと、全身の装備を再チェックした。同様にクルーたちも続く中、研修生の片目が疑問を投げかけてくる。


「……いいんすか。あんな約束なんかして」

「デレク、約束とは?」

「おたくのメンバー、ガキに『必ず助ける』つったっしょ。んなこと、わかんねじゃないっすか。ダメだったら、訴えられるんじゃないんすか?」


 身を屈め、〈ギア〉が示す反転感情の方向へ、一列になって邸宅の裏手を伝って進んでいく。指示するまでもなくマイクが先頭を行き、その背をアシュリーが追い、デレク、サマンサと続く。

 そんな中、気怠げに尋ねてきたデレクへ、アシュリーはひそめた声で答えを返した。


「『如何なる保証もしてはならない』。レンジャー規則第5条7項ですか。よく勉強していますね、デレク」

「あー、どうもっす」

「質問に質問で返すのは少々ずるいですが、あえて訊きましょう。デレク、もし、貴方が……いえ、貴方の大切な相手が、スペクターになるかもしれないというときに、はどちらですか。励ましか、事実か」

「そりゃ、安心したいっすけど、気休めにすぎないんじゃ……」

『チッチッチッ、わかってないねぇ、ルーキーくん。そこは、心のケアって言わなきゃ』


 最後尾を任せてあるサマンサの声が、イヤコムを介して伝わり、アシュリーは思わず小さく笑ってしまった。


『あー! ボスに鼻で笑われたー! アタシ、もうやっていけないんですけどぉ』

「すみません、サマンサ。とても貴方らしい表現だと思ったのですよ。そういう言い方ができる貴方が、頼もしい」

『でしょでしょー? もっと褒めてー』

「メンタルケアって、医者がやるやつっすよね。それ、役に立つんすか」

「サマンサが言ったのは比喩ですよ。専門的なメンタルケアは、僕たちの領分ではありませんし」

『んー、ま、ティファちゃんは、お子ちゃまには甘いしねー。あ、これシーッね?』

「オープン回線ですよ、サマンサ」


 そう苦笑しつつも、ほぼ間違いなく当の本人は通信を聞いていないという自信が、アシュリーにはあった。

 ティファニーの集中力には、目を見張るものがある。

 現場に出た彼女は、目の前の命を救うこと以外のあらゆる雑念を頭から取り払えることを、6年近いチーム生活でアシュリーは幾度となく目の当たりにしてきた。にもかかわらず、救命活動に必要な指示などはきちんと届く。ブランドンが“フィルター耳”と茶化したことがあるが、まさに言い得て妙だ。

 その反面、集中すると周囲が目に入らない傾向もあった。


(もう少し周りが見えるようになれば、ティファニーはきっと素晴らしいリーダーになれるでしょうね)


 こんなことを言えば、当人は間違いなく否定するに違いない。が、クルーの将来を考えることも、チームリーダーとしての責務だ。

 自分は、今年で20代後半になる。

 歳を取ったという感覚も、それを指摘されるつもりもないが、事実として受け入れてはいた。

 自分は、30歳まで威療士を続けていないだろう。そんな漠然とした予感が、いつもアシュリーの胸にはあった。

 このことはマイクにも言っていない。が、自身の予感には自信があった。それでここまでやってこられた。

 だから、クルーたちの去就を、密かに考え続けていた。わざわざ研修生を採ったのも、そのためだ。


(単に僕が、ティファとエドのペアレンジャー姿を、見たいだけなのかもしれませんが)


 自分でも変だと思うが、ティファニーとエドゥアルドの二人が、なぜかアシュリーには自分の子か姪や甥に感じてならなかった。年齢を見れば、どちらも妹弟なのだが。

 ともあれ、純粋に二人の仲を応援している以上、その晴れ姿が見たくなるのも仕方ないことだろう。


「人の心は、わからないことばかりですよ、デレク。ですが、わかることもあります。僕たちは、命を救うレンジャーです。そのために、あらゆる手を尽くす責任があります。そう思いませんか」

「そうっすけど……」

(若いですね。その心意気ですよ、デレク。自分が納得するまで質問し、違うと思ったことは口に出す。それが、良きレンジャーの第一歩ですから)


「――ボス。あれを見てくれ」


 先行するマイクの硬い声が届き、停止を意味する拳が突き上げられる。後方の二人にそれを伝え、アシュリーが横に並ぶと、マイクの言わんとすることがわかった。

 眼前、母屋の裏手にあたる車庫。

 白タイル基調のシンプルなデザインをしたその車庫が、緑色のツタに覆われていた。


「……なるほど。道理で、センサの反応が鈍いわけです」

「だな。そんでもって、これからどうするんだ?」


 そんなアシュリーの反応が聞こえたわけでもないだろうに、〈ギア〉へ【注意。反転感情波を検知】の表示がオーバーレイされていた。

 センサの計測結果と、自分の目で見た現実。双方に食い違いがないことを確かめ、アシュリーはイヤコムに集合の合図を掛けた。


「サマンサ、デレク。あちらが、今回のターゲットです。正確には、中にいる人物ですが」

「な、なんすか、あれ!? 樹の枝?!」

「ありゃりゃー。どうするー、ボス? アタシはいつでもイケるけどぉ」


 

 そちらに目を細くしながら、アシュリーは答える。


「いえ。あれは、ツタのようですね。――つまりターゲットは、〈敬愛アドレイショナ〉のようです」

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