目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

リッチマンのアドバイス

 雇い主ブリュンの殺気が込められた質問を受け、プラトの表情が、見ているこちらが可哀想に感じるくらい、青ざめる。

 そうして、黒のサングラスを顔から引き剥がすと、中世の騎士よろしくその場に膝を突いた。


「そんなっ! 滅相もありません! 私は、ミスター・ブリュンに拾っていただいた身です。……しかし、あの日、お守りできなかったことも事実。かくなる上は、私の命をもって――」

「――やりすぎ、ブリュブリュ。ホントにプラトが飛び降りるよ?」

「それかぁ、セップク?」

「お見通しってか! ヒッハハ! ジョークに決まってんだろーがよ。プラト、おまえ、サムライかよ!」


 一転、軽い雰囲気を纏ったブリュンが、プラトの肩に腕を回してその背中をポンポンと叩く。プラトはまだ状況が呑み込めていないらしく、「はぁ……」と困惑の嘆息を漏らしていた。


「それにな、このウィンド・ガールを止められるヤツなんざ、いねえよ。あんとき、おまえも見てただろ、プラト。ありゃ、まるでエンジェルだったぜ。オレっちは、もうヘヴンに行くもんだって腹くくってたんだがな」

「ブリュンはどっちかっていうと、行き先は地獄ヘルじゃない? だって、儲けすぎじゃん。手が真っ白って誓えるの?」

「ミ、ミス・セオーク!?」

「フッハハ! ウィンド・ガールらしいなあ、おい。んま、ビジネスってえのは、ゲームだからな。ライバルを出し抜くのが、罪ってえなら、そりゃオレっちはヘル行きだぜ」

「やっぱり」

「けどよお、ウィンド・ガール。だとしてもだ。オレっちは、これっぽっちも怖くはねえぜ? ゴミ溜めで生まれてから、オレっちはいつだってトップを見てたんだ。おかげで今じゃ、このザマ。ツイてたのは確かだがよ、今のオレっちがあるのは、ぜってえ目標を諦めなかったからだ。ウィンド・ガール、おまえだってそうだろ?」

「あたしは……」


 自分にも目標はある。最高の威療士レンジャーになることだ。それは決して変わらない。

 が、ブリュンほど、自身の目標に揺るぎないかと問われて、リエリーは即座に答えられなかった。

 数日前の自分なら、胸を張って答えたことだろう。だが、今は違う。

 救えるはずの相手を、自分は救えなかった。

 約束をしたのに、自分はそれを果たせなかった。

 そんな自分が、最高の威療士を目指してよいのか、今の自分には答えられなかった。


「んま、今だから言えるがよ。このオレっちだって、もうダメなんじゃねえかって、ピヨッたこともあったがな」

「……ブリュンが? 自分でミスター・スムースって言ってなかった?」

「そいつはPR用だぜ、ウィンド・ガール? ウマくいってるヤツほど、ピヨるもんだ。マジで何も迷わずに成功したってえヤツがいたら、そいつはアホか、ホラ吹きのどっちかだな」

「上手くいってるって、どうやったらわかるの」

「基本、そういうのはあとからわかるってもんだ。オレっちの経験じゃ、ウマくいってるって自分で感じるときは、。前をよく見ろ、ってな」

「え、波に乗るんじゃないの?」

「マジモンの波ならな。調子がイイのは、けっこうなこった。だけどな、そういう波ってのは、だいたいが思い込み、イリュージョンなんだな、これが。ちーっとばかしウマくいったら、そのまんま突っ走りたくなる。そいつは、人間のサガだからしゃーない。だが、そういうときに自分を客観できるかで、あとが違ってくるんだな」

「じゃあ、上手くいってないときは? そういうときはどうすんの」

「ハッハハ!」


 両手を叩いて大笑いする、ブリュン。大仰な動きに合わせ、体中の装身具がジャラジャラと音を立てていた。

 自分が意を決して尋ねたというのに、馬鹿にされた気がして、リエリーは眉をひそめていた。


「おいおい、何て顔しやがる、ウィンド・ガール。わかりやすいのは得もしやすいが、たいがい損するぜ?」

「うるさい。どーせ、ミスター・スムースにはわかんないでしょ」

「何言ってる。簡単すぎて笑ったんだよ」

「簡単?」

「そりゃそうだろ? ウマくいってねえときはどうすっかって? そりゃ、だろが。ウマくいってるときより、よっぽどシンプルじゃねえか」


 その発想が自分の中にはなく、つい目を瞬かせてしまう。


「それにな。ウマくいってねえときこそ、チャンスだぜ?」

「どこがチャンスなわけ? こっちは八方塞がりでいっぱいいっぱいなんだけど!」

「ハッキリ言うぜ、ウィンド・ガール。

「……は?」

「考えてみろ。オレっちがおまえらに助けられたときだ。オレっちには、それこそ八方塞がり、ジ・エンドにしか思えなかった。だが現実はどうよ? おまえが空からすっ飛んできて、オレっちを搔っ攫ってった! プリンセスにでもなった気分だったぜ!」

「それは、救命活動だったからじゃん」

「何が違うんだ? おまえが今、何の壁にぶち当たってんのか知らねえし、知りたくもねえがよ。レンジャーのおまえは、オレっちを助けるために頭つかったんだろ? そんで、オレっちは今もここにいる。おまえの言う八方塞がりがモノホンなら、オレっちは死んでるはずだろ? 仕事で頭ひねられんなら、他だって同じだろ。……あんたがどうかは知らんがな、レンジャー・サイラス。あんたからは、何も読めん。オレっちとしちゃ、そういう相手がアラートもんだがな」

「あらあらぁ、わたし、嫌われちゃった? ってゆうかぁ、リエリー・セオークとどうゆうカンケイ? たしかぁ、レンジャーは要救助者のこと、知っちゃいけないんじゃなかったっけー?」

「んなモン、ダチに決まってるぜ、“バレット・ニードル”のレンジャー・サイラスさんよお。な、ウィンド・ガール」


 ブリュンの言葉に意識を集中させていたおかげで、名前を呼ばれるまで、隣にアイサがいることを忘れてしまっていた。テーブルからブーツの両足をブラブラさせ、中折れ帽の少女が、得意の挑発的な目を向けてくる。

 それに気付いたときには、素で「え、あたしって友だち?」と答えていたところだった。


「あらあらぁ? もしかしてぇ、片想いだったぁ?」

「ダチじゃなきゃ、とっくに叩き出してるぜ? な、プラト」

「はい。ミスター・ブリュンのご友人でしたら、ごゆっくりお過ごしくださいませ。今、ドリンクをお持ちします」

「あっ、わたし、ホットミルク!」

「要らないよ、プラト。あたしたち、仕事できてるから」

「ぶ~!」

「ハッハハ! 用がありゃ、プラトに言ってくれ。んじゃ、オレっちも仕事してくっか」


 ゴールデンな肩をすくめ、ブリュンが背を向ける。続けて手をひらひらさせると、豪奢なペントハウスの奥へと姿が消えていった。


「チャンス……か」


 ブリュンは、モヤモヤした思考を吹き散らす、大風のような人間だ。言葉を交わした回数こそ少ないが、その度、刺激を与えてくれる。

 風使いとしては悔しい気がする一方、ふっと、肩が軽くなった気もしていた。

 すぐに答えは思いつかない。が、それでも、何とかなるような気がする。

 それだけで、気合いを入れ直すには充分だった。


「では、ミス・セオーク、レンジャー・サイラス。ごゆっくり」

「バイバ~イ」

「あのさ、プラト」

「なんでしょうか」

「やっぱ、ブリュブリュって、すごいよ」

「私も同感です」


 一礼し、立ち去る背を向けるプラト。その背を見送り、リエリーは再び双眼鏡を掲げる。

 来た当初は、彼らSPの救命活動にどうすれば割り込めるのか、そればかり考えて粗探ししていた。何なら、昨夜の失敗を挽回できないかと考えていたくらいだった。

 だが、今は違う。


(上手くいく方法を考える……あたしの得意分野じゃん)


 ブリュンの言葉を聞き、焦りが少しだけ引いていた。失敗ばかりに気を取られて、大切なことを忘れていた。

 あの資産家リッチマンは、こう言いたかったのかもしれない。――自分を信じろ、と。


「やり方、見せてもらうよ、“ピザ屋”」


 自分は、膨大な救命活動の資料を見、読んで分析することで腕を磨いてきた。

 だったら今一度、原点に立ち戻るときだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?