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タグド


 ――あれは、私が15のときだった。


「――やーい! “ハフター”!」

「――近づかないで。あなたのせいで、染まったらどうするの?」

「――オシャレなペンダントじゃないか。おっと、ペンダントじゃなかったね。君のは、〈タグ〉だったな!」


 校内を歩けば、そんな声が当たり前のように聞こえてくる。

 聞こえるように言ってくるのは、まだいい。

 机を真っ黒く塗り潰されたり、ドアをくぐると黒いペンキが降ってきたりするより、これ見よがしに言葉にしてくれたほうがまだ耐えられる。

 そんな言葉たちを浴びながら、私は毎日、逃げるように祖父母の家に帰った。


 私の父は、私が2歳のとき、涙幽者スペクターになった。母との口論だったらしいけれど、私はよく覚えていない。

 覚えているのは、涙幽者の咆哮と母の悲鳴。それに、家のドアを破って入ってきた蒼い人影たち――威療士レンジャーだ。

 母に庇われて奥の部屋にいた私は、威療士たちの救命活動がすべて見えていた。

 黒い獣毛を生やし、巨大化した父の胸へ、剣のようなものを刺した威療士。そのまま、全身に包帯のようなものを巻かれた父は、ピタリと動かなくなっていた。

 血塗れの母は取り乱していて、威療士が腕に何かを刺すと、バタリと床に倒れた。

 私はそこで母へ駆け寄っていったけれど、触れることはできなかった。寸前に、威療士に抱きかかえられたからだ。

 泣きじゃくっても、ジタバタしても、威療士は私を放してくれなかった。


「ママ! パパ!」


 そうしている間に、両親は家から運び出されていった。


 結局、父は助からなかった。

 そのことを知った母は、心を病んでしまい、あれから会っていない。面会に行った祖父から、私を祖父母に託すこと、「愛してる」と言っていたと聞かされたけれど、その言葉はただ耳を擦り抜けていった。

 そんな言葉より、母には帰ってきてほしかった。

 帰って、ただ抱きしめてほしかった。


 涙幽者の親を持った子は、この国では保護観察対象タグドとして州に登録される。専任の観察官が宛がわれ、定期的に会いにくる。

 名目上は『子どもの健康な成長のため』で、実際、あのときまでは観察官が来る日を待っていた記憶がある。私を担当していた観察官は壮年女性で、言葉数は少なかったけれど、会うたび、私が望めば職務時間を越えても一緒に遊んでくれた。

 祖父母も優しい人たちで、あの日々のまま過ごせていれば、と今も思うことがある。

 保護観察期間は成人までで、それまで問題を起こさなければ、私の過去は〈リーガル・アーカイヴス〉に封印される。晴れて、一般市民として再出発というわけだ。


 ――だけど、あのときは我慢できなかった。


「――無視しないでいただけませんこと? わたくし、〈ハーフ・スペクター〉のあなたにわざわざ訊いて差しあげているんですのよ。ご両親はどんな方でしたの? きっと、荒っぽい人でしたのね」


 そのまま歩いていけばよかった。似たような“質問”は初めてじゃなかったし、そのクラスメイトが日頃から涙幽者の嫌味を言っているのも知っていた。

 だけど、その日は父の誕生日だった。

 だからつい、足を止めて言ってやった。


「あんたの父親とは違う。口だけ動かして、レンジャーの〈バッズ〉を取りあげるような卑怯者とはね」

「なっ、なんですって! わたくしのファーザーは、腕利きの弁護人ですわ! ……ふんっ。どうせ、あなたのような“ハフター”の親は、野蛮で嫌われ者ですわよ。趣味の悪い、あなたのヘアスタイルと同じですわ――!」


 気付いたときには、クラスメイトに馬乗りになっていた。駆け付けた警備員に羽交い締めにされた後は、足で蹴ろうとしていた。

 悔しかった。許せなかった。

 あの日の髪型は、幼い頃に父がよく編んでくれたものだ。

 何も知らないのに、平気で見下してくるのが悔しかった。

 身に着けなければならない〈タグ〉のせいで、何を言っても許されると思っているのが、許せなかった。

 面会に来た観察官は、私と目も合わようとせず、書類に署名した後、去り際にこう言った。


「失望したわ」


 ――そうして、ペンダントの認識票は私のうなじへ、強制的に埋め込まれた。

 私は生涯、〈タグド〉として生きることになった。

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