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エドゥアルドの直感


「――バイタル安定っと」


 意識を失っているタイラ夫人の浮遊担架を、チームの救助艇〈マルゲリータ〉機内の所定位置に固定し、バイタルモニターを接続する。モニターと〈ギア〉の数値に違いがないことを指差し確認し、エドゥアルドは、その情報をこれから搬送するメディカルセンターへと送信した。


「ママの隣に座ろうね。手を握っててあげて」


 搭乗の道中、フォリナーと名乗った姉のほうを抱き上げて補助席に座らせ、シートベルトをしっかりと留める。緊張からか、ひんやりしている小さな手を母親の手に添えてやると、短いツインテールがこっくり頷いた。

 天井のスピーカーをオンに切り替え、「前のほうにブランドンっていう。丸っこい人がいるから、お話しててね」とフォリナーに伝えると、そのスピーカーからすかさず『だれがデブだ!』と反応が返った。


「ブランドンさん、ピザをたべすぎちゃったの?」

「ぶっ」

『耳が痛いなあ、お嬢さん。そうなんだよお。うちのリーダーが作るピッツァは、もう最高なのなんのって。あと、いま笑ったそのヒョロヒョロ、オレより食うんだぜ? しかも、野菜、食べないんだぜ?』

「お野菜たべないと、びょうきになるって、ママが言ってたよ?」

『だってよ、ベジー・ボーイ』

「うっ……。がんばるよ」


 あからさまな意趣返しだが、普段、ティファニーからも注意されていることだから、エドゥアルドとしてはぐうの音も出せなかった。今ごろ、パイロットはニタニタしているに違いない。

 ともあれ、これで要救助者の搬入は完了した。次は待機だ。

 夫人が急変しない限り、涙幽者スペクターの〈ドレスコード〉に向かったリーダーたちの帰還を待ちつつ、もう一人の子どもを連れ戻しに向かったティファニーを待つ。

 忍耐強さには自信があるが、こういう待ち時間は苦手だ。仲間が、大切な人が救命活動に出ているときの待ち時間ほど、苦痛なものはない。


「大丈夫。リーダーたちは強いし、ティファだって――」

『――警告。ティファニー・ロス威療士の〈ユニフォーム〉脱装を検知』

「ティファ……?」


 唐突に〈ギア〉へと表示された、〈ユニフォーム〉の脱装を報せる通知。それを受けて、すぐに血の気が引かないのは、通知の種類が原因だった。

 救命活動中は常時着用の義務がある〈ユニフォーム〉。が、状況によっては、威療士が自ら脱装するシチュエーションも少なくない。今回は免れたものの、もしも、重傷者が出た場合には〈ユニフォーム〉が最適の保護着になる。

 それに、脱装の通知には二種類ある。

 一つは、許容値を超えるダメージを受けて自動的に外れる緊急脱装、もう一つは文字通り、着用者レンジャーの指示によって外される任意脱装だ。

 自分の〈ギア〉に届いた通知は後者のほうで、当然、身の安全を知る術であるバイタルモニターも自動的にオフになっている。


(だけど……)

「……ブランドン、僕、ちょっとティファニーをみてくる。二人をたのむよ」

『通信で訊きゃあ、いいんじゃないのかなあ』

「えと……その、直接たしかめたいっていうか……」

『冗談冗談。ラブラブだなあ、きみらは。安心して行ってこいって。こっちは、いつでも離陸できるようにしとくぜ』

「だ、だから、ちばうってば! ……でも、ありがとう」


 パイロットのからかう言葉に、つい口ごもってしまった。それがブランドンなりの気遣いであると、最近ようやく理解できるようになってきたばかりだ。


「おにいちゃん」

「大丈夫。お姉ちゃんとトゥルーくんを迎えに行くだけだから」

「ちがうの。あのね……。。だから、怒らないで」

「もちろんだよ。怒ったりしないさ」

「よかったあ……」

「じゃ、ママと待ってて」


 心配げに見上げてきたフォリナーの肩にそっと手を置き、機体の後部ハッチを開くハンドサインを結ぶ。


(……フォリナー、なんであんなこと言ったんだろう。いや、今はティファがさきだ)


 気合いを入れ直し、エドゥアルドは通報者の自宅を見下ろす位置に浮かぶ機体から身を乗り出す。

 そうして、〈ユニフォーム〉のパワーダイヤルを捻じると、床を蹴った。

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