「……うっ」
猛烈な寒気を感じて、ティファニーは眉をひそめながらゆっくり瞼を開いた。
昔の、ひどい悪夢を見たような気がしたが、ぼんやりした思考ではうまく思い出せなかった。
「ここ、は……」
薄暗い空間だった。
はっきりしない視覚は周囲の輪郭を得ず、自分が固い床に寝かされていることだけが辛うじて感じられる。
仰向けに見上げた天井は、白色の
体の向きを変えようとし、床に手を突く。
が、たちまち、全身を貫いた鋭い痛みに息が詰まり、音にならない悲鳴が口から漏れていく。
「はあ……はぁ……。私……凍って、る……?」
無理に動くのは得策ではない。そう考えて、深呼吸で自分を落ちつかせていると、ふいに手が腹部に触れた。
返った感触は、普段触れ慣れた自分の体でなく、痛みさえ感じるほどの冷えた、ツルツルした氷のそれだった。
「私、トゥルーを避難させようとして、それで……」
絶えず刺激してくる冷気のおかげで、徐々に思考が働くようになってくると、直前までの出来事が一気に蘇ってきた。
自分は、玩具を取りに部屋へ向かったトゥルーを追いかけていた。そこで彼の
「――無理ニ、動カナイホウガ、イイ」
「だれ?! ……っ!」
唐突に部屋へ木霊した、不明瞭なうめき声。尋ねるまでもなく、
「ヒドイ、ケガ、ダ。血ヲ止メナイト、死ヌ」
「トゥルーはどこなの! あの子に手を出したら、ゆるさないからっ」
声の主は依然として見えないが、今すぐにこの場を離れなければならない。
年端もいかないトゥルーが、
(コンソールはどこなのよ! あれがあればSOSが送れるのに……っ)
〈ユニフォーム〉も〈ギア〉も手元にない以上、
「――おねえちゃん、これ?」
「トゥルー!? そこいちゃダメ! 走って! エドゥアルドを……さっきのお兄さんを呼んできて!」
あどけない声は返事を返さず、代わりにキュキュっという小刻みな足音がティファニーの傍へ寄ってくる。
「おねえちゃん、だいじょうぶ? ねぇ、ぐりぃ89。おねえちゃん、汗びっしょりだよ?」
「ソノレンジャーハ、疲レテルンダ。ソットシテ、アゲナサイ。ウデワハ、ワタシニ」
「うん、わかった。おねえちゃん、ゆっくり寝てね」
「まって、トゥルー!」
視界の隅に捉えた小さな輪郭が、涙幽者の言葉のせいで今度は離れていく。
代わって、ドンドンっと、重厚な足音が迫り、ぬっと巨躯がティファニーの顔を覗き込んだ。
「ホカノレンジャーヲ呼ブツモリダロ? ソレハ、サセナイ」
「どうして……。あなたは、だって……」
「“染マッテイル”、カ? アノ子ハ、ワタシタチの恩人ダ。レンジャーニハ、渡サナイ」
曲がった上背に乗った、
そこから覗く鋭利な牙の列が、対照的な言葉を紡ぎ出す。
トゥルーが、ぐりぃ89と呼んだ涙幽者の白濁した双眸が、ティファニーの顔を見下ろしていた。