――トーマス! あの子をなんだとおもってるの! あの子は、貴方の仕事道具じゃないのよ!!
あんな剣幕の夫人を目にしたのは、初めてだった。
タイラ氏の表情が明らかに硬直し、幼いトゥルーは両親の対立を察して、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
ご夫妻の仲裁をすべきだと思ったが、夫人はフォリナーとトゥルーをビークルに連れていくよう、ワタシに指示した。夫人は、二人を連れて家を出るおつもりだった。
それまで沈黙を貫いていた氏は、夫人の意図を察したらしく、そこで口論が始まった。
口論を、トゥルーに聞かせるわけにはいかない。
それだけは確かだったから、ワタシは、部屋を出ると告げた。気持ち的には夫人に従いたかったが、ワタシの雇用主はタイラ氏であったし、幼い姉弟にとって父母が引き裂かれるとはどれほどの痛みを伴うのか、経験上、知っていた。
だからワタシはただ、部屋を辞するつもりでいた。
――次の展開は、まさに一瞬だった。
血相を変えたタイラ氏が、ワタシに向かって突進し、トゥルーを取り上げようとした。
それを見た夫人の、聞いたことがないような悲鳴が耳をつんざいていた。
ワタシやタイラ氏が状況を呑みこむよりも速く、トゥルーが泣き出したのは、母と子の絆ゆえのことかもしれない。
振り返ったワタシとタイラ氏の前で、夫人は濁った大粒の泪を流し、いつも手入れを欠かさなかった肌を、針金のような毛が覆い尽くしていた。すぐさま夫人の周囲を炎が渦巻き、掃除が行き届いた廊下にまで、瞬く間に広がっていった。
ワタシはとにかく怖かった。すぐにこの場から逃げ出したくて、トゥルーを抱えたまま玄関を目指した。
――だが、鋭い痛みを感じて動けなくなった。見下ろすと、樹の枝のようなものが胸から突き出ていた。
――ムスコヲ、返セ。
その声を最後に、ワタシの意識は途切れた。