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刻限の脈動

「――っ!?」


 心臓が、弾け飛びそうだった。

 耳の奥でドクドクと激しく脈打つその音が、まるで刻限を迎える間際の爆発物に感じてくる。


(ティファニーを探さないと!)


 それでも辛うじて膝を突かないでいられたのは、やはり彼女の影響なのだろう。

 あのとき、彼女は決してエドゥアルドを置き去りにしようとしなかった。あのティファニーなら、こんなところで膝を屈するはずがなかった。


「血痕を追跡。ティファニーを……レンジャー・ロスの痕跡を算出」


 嗄れた声を絞り出し、エドゥアルドは束の間、瞼を閉じた。浮かんだライムイエローのツインテールをそっと思考の隅へ押しやり、深呼吸に努める。

 威療士を続けると、そう決めたのは自分だ。

 だったら、ここで立ち止まるわけにはいかない。


「……乾いてる。時間が経ってるってことか」


 目を開くと、耳の奥の時限爆弾はずいぶんと鳴りをひそめていた。もう一度深く息を吐き出し、しゃがんで赤黒い染みへ手を伸ばす。

 察知した〈グローブ〉が自動で格納され、直に指先が触れたその感触は粗かった。そうして続けざまに〈ギア〉へ、解析結果の追加報告が届けられる。


「〈ユニフォーム〉を外した時間よりあとの血痕? 〈ユニフォーム〉を外して、どうするつもりだったんだ、ティファニー……?」


 威療士にとって、〈ユニフォーム〉が唯一にして最後の保護衣プロテクターであることくらい、エドゥアルド以上にティファニーは知っているはずだ。その保護衣を自ら外すような事態は、そうそうあるものではない。あるとすれば――。


「だれかを、助けようとした……?」


 室内を見回し、その推測が確信に変わる。

 ティファニーは、玩具を取りに引き返した幼い男の子――トゥルーを追いかけていった。その途中で何か不測の事態に出くわしたとすれば、男の子を守るために〈ユニフォーム〉を渡したとしても不思議ではない。


「けど、屋内にスペクター反応はなかったし、ガレージにはリーダーたちが向かってる。……あれ? これって!」


 カラフルな色調の部屋に不釣り合いな、黒い毛束。記憶を辿っても、この家でそんな毛を纏うペットの気配はなかった。

 危うく見落とすところだったそれを、戸棚の足元からつまみ上げ、指先でこすってみると、案の定、独特な硬い感触が返った。


「スペクターの毛だ。けど、どこに――」

「――ティファちゃんっ!!」


 刹那、豪快な爆発音を伴って、間近の壁に孔が穿たれる。

 その勢いに弾き飛ばされつつも、とっさに〈ニードル〉へ手が伸びたのは、鍛錬の賜物だ。


「サ、サマンサ!?」

「あ、ベジーじゃん。こんなとこでなにしてんの? やだ、もしかして小さい子の部屋を物色して……!」

「ちがうって! そういうサマンサこそ、なんできたの? リーダーたちと一緒だったんじゃ……?」

「なにいってんの。チームメイトの一大事じゃん。あ、もしかしてネタバレしちゃった?」

「残念だけど、もう知ってるよ……」


 髪から建材を振り払うのを手伝いながら、エドゥアルドは〈ギア〉の解析結果をサマンサと共有する。


「……。そっか。で、見つかった? ……って、それ、スペクターの毛?!」

「ううん。うん」

「どっちよ。はっきりしなさいよ」

「ティファニーはまだ。けど、ティファニーの血ならあった」

「えぇっ!? じゃ、なんで突っ立ってんの! さっさと探してよ!」

「さっきからやってるよ! けど、彼女、〈ユニフォーム〉着てないみたいで、居場所を辿れないんだ。この家にいるのは間違いないはずなんだけど……」

「スペクターの毛が落ちてるとこで〈ユニフォーム〉脱いだってこと?! ティファちゃんって、そういう趣味だったのね……」

「絶対ちがうって――」


 エドゥアルドが反論するまでもなく、特徴的なその物悲しい咆哮が、空気を震わして足元から届いてきていた。

 続けてサマンサの破壊に比べるべくもない轟音が、足元を揺らす。


「――――」

「地下だ」「地下ね」


 意見が一致し、頷き合う。

 そうして、コンソールのダイヤルを捻り、脚に力を入れた。


「サマンサ!」

「いくわよっ、ベジー!」

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