目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ルーキーの決断

 背後を確かめている暇はなかった。


「――目をつぶってて!」


 叫ぶようにトゥルーに言い置き、その頭を自分の腕でしっかりホールドして、脚に力を込めた。

〈ユニフォーム〉が故障していたら、という心配は、瞬時に全身を締め付け、加速した挙動によって霧散する。


(アラン……)


 結局、彼から聞き出せた情報はそう多くなかった。

 状況を考えれば、威療士として、多少強引にでも子細を聞き出すべきだったのだろう。もしかしたら、ここで躊躇したことが、後々、仲間や他の人間に危険が及ぶことにつながるかもしれない。――それでも。


(アランは、心からこの子たちを、この家族のことを愛していた。彼の思いをムダにしたくない)


 考えなければならないことはたくさんあった。

 が、今はそのすべてを脇に置いて、走るときだ。


「――――」


 後方から、幾重にも重なった涙幽者の咆哮と、床を震わす振動が伝わってくる。〈ギア〉が涙幽者出現のアラートを吐き続けているが、接近警報は鳴らない。つまりは、アランが涙幽者の足止めをしているということだ。彼のユニーカが何かまでは分からず仕舞いだったが、どれほど強くても、複数の涙幽者を相手にできるものではないだろう。

 ティファニーの腕の中で、トゥルーは「アラン! もどって!」と泣き喚いていた。掛ける言葉を見出せず、ティファニーはただギュッと、その小さな体を抱き締める。


「――ティファニー!」

「エド?! サマンサ!? どうして――」

「――どうして、じゃないでしょーよ! 傷は? サマンサお姉さんに見せて!」


 言い終わるより早く、チリペッパー色のパンチパーマが抱き着いてくる。その目尻に光るものが見えて、ティファニーは胸にこみ上げるものを感じた。

 つーっと視線をエドゥアルドへ移すと、広げた腕をさっと仕舞うところだった。その仕草が愛おしくて仕方なかったが、飛びこんでいきたい気持ちを抑え、唇の動きで『あとでね』と伝える。はにかんだエドゥアルドは小さく頷き返してくれた。


「応急処置したから大丈夫。それより、早くトゥルーを〈マルゲリータ〉号に連れていかないと」

「じゃあ、この子が?」

「うん、トゥルーよ。ちょっと遊んでるうちに、ね。トゥルー? あのお兄さんはさっき会ったよね。こっちのお姉さんは、サマンサ」


 サマンサの目に疑問の色が浮かび、心を見透かす視線を向けてくる。

 が、それも束の間、サマンサはトゥルーに目線の高さを合わせると、「ティファちゃんはケガしちゃったから、アタシが抱っこしてもいい?」と尋ねていた。


『ティファニー。その子は……』

『わかってる。でも、お願い。私に時間をちょうだい』


 そうして、サマンサの影からすかさず飛んできた、エドゥアルドのハンドサイン。

 その手に、〈ハート・ニードル〉が握られているのが見えて、ティファニーは軽く首を横に振って押し止めた。トゥルーへ交互に目をやったエドゥアルドは、『けど、そのときは躊躇わないよ』とハンドサインを返してきた。


「二人ともありがと。リーダーたちは?」

「ボスが見てこいって。もしもしボスー? 生きてる?」

『ええ、なんとか。ティファニーは、無事ですか』

「すみません、リーダー。通信できなくて。私は大丈夫です。要救助者の未成年者1名を確保しました」

『グッジョブ。無事でよかった。では、状況を立て直しましょう。いったん、救助艇まで退いてから――タイラ事務官!?』

「リーダー?!」「ボス!?」


 その言葉を最後に、リーダーからの通信が途切れた。〈ギア〉に負傷の警告が出ていない以上、不意打ちを受けたとは考えにくかったが、不測の事態が起こったのは間違いない。

 全員で頷き合い、ガレージへ向かうべく走り出したとき、ふと、別の通信が耳に届けられた。


『――はあっ……。はあっ。こちら、デレク。対象を沈静化。きっつ』

「……ルーキーくん?」

『ホントにやりやがったよ、新米。座って休んどけ』

「マイク、何があったの?」

『おう、無事か、ティファニー。新米がユニーカを使ったのさ。おかげでスペクターは、木っ端微塵だぜ?』

「そん、な……っ!」


 チーム最年長のマイクから届けられた言葉。その言葉を耳にして、ティファニーは膝から力が抜けていく。

 とっさにサマンサが抱きかかえてくれたトゥルー。その顔を、ティファニーは、見上げることができなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?