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涙幽者タイラ

 先に船へ戻ったら、という自分の提案を、ティファニーは頑として聞き入れようとしてくれなかった。


「私が見届けないと。……最後まで」


 そう硬い声音で口にしたティファニーの顔色は、ほとんど真っ白だった。

 だからエドゥアルドは、正直、そんなティファニーをへ連れて行きたくはなかった。

 ただでさえ負傷しているうえに、涙幽者の無力化を聞いたときの狼狽は尋常ではなかった。自分がいなかった間に、何かがあったのは間違いない。知りたい、という気持ちを堪え、深呼吸でやり過ごす。


(ティファが話したくなったら、聞けばいい)

「……サマンサ。トゥルーをおねがい。すぐもどるから」

「けど……」

「大丈夫。ぼくがついていくから」

「……オーケー。じゃ、さきに行って待ってる」


 サマンサはそれ以上、引き留めてこなかった。

 そんなチームメイトの気遣いに心の中で感謝しつつ、エドゥアルドはティファニーを伴って、タイラ邸の裏側へと足を向ける。


「よぉ、お二人さん。ケガしたってさっき聞いたぞ、ティファニー。無茶すんなよ?」


 裏庭では、にまみれたマイクが、自分たちの姿を見て取って、そう軽く肩を叩いてきた。

 辺り一面には枯れ色の破片が散り、抉れた地面があちらこちらに覗いていた。まるで森林を伐採した後のようだが、マイクの〈ユニフォーム〉の細かい傷や〈ギア〉を跳ね上げた顔の引っ搔き傷は、先刻まで激しい戦闘が繰り広げられていたことを示している。

 そんな陥没の傍で、大の字に倒れている人影を認め、エドゥアルドはしゃがみこんで〈ユニフォーム〉の胸のあたりを突いてみた。


「生きてるかい? デレク」

「はぁっ……。まあ、かつがつってとこっすかね。しばらく寝たいっすけど」

「残念だけど、まだ朝だよ? 撤収作業が済んだら、出発だ」

「ういっす」

「――なんで」


 背後からティファニーの声が耳に届いて、エドゥアルドは振り返った。

 そこには張り詰めたティファニーの表情があって、次の瞬間、その双眸が黄金色に色付いた。


「なんで! 面倒だからって、スペクターを殺すわけ? あんた、それでもレンジャー!?」

「よすんだ、ティファ!!」


 逆立ったライムグリーンの髪から紫電が閃き、倒れていた新米デレクの周囲の地面に焦げ跡を付けていた。  

 とっさに割って入ったエドゥアルドの体にも、ティファニーのユニーカは容赦なく猛威を振るい、ダメージを受けたことを〈ギア〉が警告してくる。


「なにすんすか! これも指導だっていうんすか!」

「指導? 人殺しに言うことなんてないわよっ! とっとと〈ユニフォーム〉脱いで帰って!」

「何やってる! 落ちつけ、二人とも! をイチにするつもりかっ!」

「なんでマイクも止めなかったのよっ! 私、トゥルーに約束したのに……っ」

「――アノ子、ハ、無事、ナノ、カ」


 唐突に耳へ届いた、特徴的な嗄れ声。

 ほぼ全員が反射的〈ハート・ニードル〉を抜き放って、声の方角へ照準を合わせていた。


「――そこまでです。皆、針を降ろしてください。彼なら、問題ありません」

「……おいおい。リーダー、そいつぁ、どういうこった?」

「その人って……。ボス、もしかして……?」

「ええ。タイラ事務官です」


 怒りで震えていたティファニーが、「へ?」と間が抜けた声を漏らす。

 つかんでいたティファニーの肩を放しながら、エドゥアルドは、自分も他人のことを言えないような表情になっているんだろうな、と感じていた。

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