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覚悟のユニーカ

「――微少再構成ミキシング、開始!!」


 黄金色の輝きを帯びているだろう、自身の双眸。その両眼で荒れ狂う枝を見据える。

 途端、鋭い耳鳴りが、頭痛となって脳を焼き始めた。

 個有能力ユニーカの行使には昂揚感が伴うというが、あいにく、デレクはそんなものを感じた経験はない。

 それでも、自分にとって、この能力はだ。

 視界に収めた対象物の構造を分析し、組み換える異能ユニーカ

 それは『破壊』を言い換えたようなものであり、到底、救命活動に役立つような代物ではなかった。せいぜい、現場の廃材を粉砕する程度の使い道しかない。実際、アカデミー入学前のユニーカ診断で、自分は『適正なし』と言われていた。

 もし、入学前に“あの人”と出会い、次の言葉を告げられていなければ、そもそもアカデミーに行くことさえ思い付かなかっただろう。


 ――君は、自分のユニーカを『壊す』ことだと考えているようだな。間違ってはいないが、こうも考えてみたまえ。われわれの体は、この瞬間にも破壊と再生を繰り返している。生物というのは、実に不思議なものだ。絶えず自身を壊しながら、同時に造り換えているのだからな。どうだね? 君のユニーカにそっくりだと思わんかね?


(オレのユニーカは、人間にも使えるんだ。だったら、もっとうまくなって、いつか、フェイを……)


 だから、威療士になると決めた。何が何でも、威療士にならなければならなかった。

 威療士になって、経験を積み、学びを深める。

 そうすれば、いつの日か、ただ一人、自分が心から大切に思えた相手を――今は〈ポッド〉で眠る彼女を、目覚めさせられるかもしれない。 


(できるかもしれねえなら、それで充分!)


 視界内に捉えた幾多もの枝を、燃えるように熱い眼で解析すると、確かにマイクの言った通り、枝ではなかった。植物の枝なら無数の細胞が見えるはずだが、今デレクが認識した構造は、鉱石のそれに近い。言ってみれば、立体パズルのようなものだった。


(これなら、いける……っ!)


 そのパズルの“継ぎ目”を探し、見つけては断ち切っていった。

 植物の細胞に比べれば遙かにシンプルな構造とはいえ、数が数だ。デレクの脳はその処理で既に悲鳴をあげていた。


(耐えろっ、オレ! こんなんじゃ、ぜんっぜん足りねぇぞ! あいつを元にもどしてやるんだろっ!!)


 思考の端に圧縮された焦りが、ジリジリと心を焦がしていた。

 である以上、こんなところで立ち止まるわけにはいかなかった。

 もっと強く、多く、正確にユニーカを操れなければいけない。

 そうしなければ、彼女を救ってはやれない。


「ウォォオオオー!!」


 知らず、力む声が漏れていた。

 視界に入った枝は次々と霧散していたが、ユニーカを止めるつもりはなかった。


「もういい、新人! それ以上はおまえの体がもたねえぞ!」

「いいんや、まだ、っす……この枝を根元からバラすまでは……っ!」


 枝を辿っていけば、いずれ涙幽者の本体に行き着く。

 そこでユニーカを断ち切ってしまえば、この“枝攻撃”は完全に止まる。


(あいつを……フェイだと思ってやれ!)


 自分のユニーカは、人で試すわけにはいかない代物だ。人の体は、昆虫や小型の哺乳類とはわけが違う。試す機会を少しでも増やさなければ、とても腕を磨けはしない。

 いつしか周囲の音が消え失せ、デレクは神経に走る電気信号さながら、涙幽者のユニーカを遡上していた。


(あれが本体か!)


 融合した五感が、表現しがたい超感覚となってデレクに情報を伝えてくる。

 その感覚の根源心臓は、激しく波打つ大波のようであり、戦場に飛び交う銃声のようであり、それでいてどこか、母の胎内にいるような原始的な安らぎを覚える不可思議なものだった。

 枝のユニーカは、その力強い感覚に巣くうように四方へと拡散している。となれば、この感覚そのものを再構成ミキシングすれば、全て終わるはずだ。


(これで終わりだ――)


 ――パパ! おしごと、いってらっしゃい!

 ――ほら、あなた。ネクタイ、曲がってるわよ?


「――っ?!」


 再構成ミキシングのトリガーを引く瞬間、ふいに、身に覚えのない声が聞こえた。

 その声が、デレクに温かさを伝え、満たされた安堵を届けてくる。


(スペクターの記憶、なのか……?)


 複雑な出自を持つデレクには、味わったことのない温かさだった。戸惑いと同時に、この温かさを消してはならないという強い直感がデレクの手を止める。


(けど、バラさないと、チームが……っ!)


 物質世界を超越した世界の中で、デレクはもう一度、ユニーカのトリガーへ手を掛ける。――と。


 ――幸セにナって、デレク。


「――っ」


 震える手で、トリガーを引いた。

 その照準は、声が届いた方向をわずかに逸れ、感覚の根源にまとわりついていたユニーカの塊だけを撃ち抜いていた。 

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