「――トーマス!!」
目の前で繰り広げられている光景に、アシュリーはただ、その名前を叫ぶことしかできなかった。
それは、一方的な蹂躙だった。
アシュリーの“疑似食”に釣られ、ガレージへと押し寄せた4つの黒い巨躯。まだ
元より涙幽者化によって形成された枝だ。強度は鋼鉄の比でなく、涙幽者の硬化した皮膚も易々と貫いていく。
わずかに自我を残すタイラには迫る涙幽者たちが見え、涙幽者たちにはタイラの姿も枝の攻撃も見えない。
だから、黒い巨躯たちはただただ、タイラの枝に次々と貫かれていった。
「やめてくださいっ! 彼らは僕たちが〈ドレスコード〉しますから!!」
立ち上がり、タイラの元へ駆け寄ろうとするが、途端に左脚を激痛が襲い、引き倒される。タイラの仕業だった。
(頭を使ってください、アシュリー! このままでは、皆が死んでしまう……!)
倒れ伏し、汗と血と埃にまみれた顔を上げながら、アシュリーは懸命に思考を働かせる。
今、ここには5名もの涙幽者が集まっている。その数だけ見れば、威療士に与えられた
が、最初からアシュリーはその手段だけは使わないと、固く誓っていた。それは救命ではなく、ただの殺戮でしかない。〈ユニフォーム〉を纏い、〈バッズ〉を身に付けている限り、威療士としての自分は、絶対にその手は使わない。
「
追加の
それでもユニーカのおかげで、脚を無理やりタイラの枝から引き抜くことはできた。
そうして床を這いながら、先刻、落とした〈ハート・ニードル〉へ手を伸ばす。威療士の武器と言っていい超軽量の乳白色の銃身は、今のアシュリーには鋼鉄の重さに感じられた。
体で覚えた手順で
状況を考えれば、
既に、ほとんどの涙幽者たちが“串刺し”になっており、生命活動が停止しているように見える涙幽者の姿もあった。
このまま何もしなければ、4名の涙幽者は、タイラの手によって確実に生命活動が止まる。
そしてこれほどユニーカを酷使したタイラは、間もなく飢餓係数がゼロに至り、同じく生命活動が止まるだろう。
涙幽者を除いて犠牲者は出ず、周囲への影響も皆無に等しい。救命活動としては、上等な結末と言えるかもしれない。
(そんなの、救命活動じゃないっ!)
第二の選択肢も放棄し、アシュリーは〈ハート・ニードル〉の照準をタイラへと向ける。
仮にタイラを鎮静できたとして、生き残った涙幽者は、間違いなくアシュリーを狙うだろう。あちらも手負いとはいえ、さすがに今の自分には抗う術が残っていない。
それでも、みすみす目の前で命を見殺しにするよりはずっとマシだ。
どのみち死ぬのなら、最期まで威療士として在り続けるのが、故郷の家族へのせめてもの手向けだ。
「僕たちは威療士です……命を救うために、命を見捨てはしない」
そうして、アシュリーがトリガーを引いた刹那――。
「――――」
これまでで最も盛大な咆哮が上がり、タイラの枝が荒れ狂った。そのうちの一本が射線を遮り、ニードルが虚しく弾かれる。
唐突に、ガレージ中に伸び交っていた枝が、砂が散るように霧散していた。それはタイラの巨躯にも及び、体中に生えていた細枝まで解け消えていっていた。
その枝に貫かれていた涙幽者たちもまた、完全ではないが、体の一部が涙幽者のそれから人間のものへと戻っていた。
「これは……デレクのユニーカ?!」
対象を“再構成”するという、そのユニーカを実際に目の当たりにするのはこれが初めてだったが、間違いなくその作用だと断言できた。
が、そうだとすれば、今度はタイラが危ない。
「トーマス! トーマス・タイラ事務官! しっかりしてくださいっ! 眠っては駄目だ!」
〈ギア〉のバイタルが心停止を告げ、アシュリーは感覚のない足を引きずって駆け寄る。蘇生処置でどうにかなる類いの状態ではないと理性が伝えていたが、手を止めるつもりはなかった。
「……モウ、事務官ジャナイ」
「トーマス?! 傷が……!? まさか、デレクのユニーカ……?」
「レンジャー・キム……。ワタシハ、辞職、シタンダ。ダカラ、タダノトーマスと、呼ンデホシイ」
「っ……! ええ、わかりました。――お帰りなさい、トーマス」