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高みの見物は似合わない

(……あのユニーカって)


 カシーゴ・ブリュン・タワーの屋上、そのペントハウスの屋外デッキから、高性能双眼鏡を覗いていたリエリーが密かに眉をひそめる。

 ほとんど違法改造に近いこの双眼鏡のおかげで、“ピザ屋”こと、威療士チーム〈スターダスト・ピザ〉の救命活動の一部始終を、この位置からでも窺い知ることができていた。

 研修生の〈バッズ〉を着けたクルーが雄叫びを上げた直後、〈敬愛アドレイショナ〉の涙幽者が操っていたらしい“枝もどき”が霧散。ガレージから出てきた“ピザ屋”の店長アシュリーは、皮膚に緑が残る男性に肩を貸されていた。状況から見て、この男性が〈敬愛アドレイショナ〉の涙幽者に違いない。

 完全回復ではないとしても、自我のない涙幽者は肩を貸せない。

 おまけに、他の涙幽者に負わされた致命的なはずの傷が、ほとんど完全に塞がっている。ジグソーパズルさながら皮膚に痕を残しているが、立って歩けるほどには治っているということになる。

 つまり、あの男性は、研修生の個有能力ユニーカした可能性があるのだ。


「フーン。あのトレイニー訓練生、変わったユニーカを持ってるネ。」

「もうちょっとで引き金、引くつもりだったでしょ、あんた」

「え~、なんのことぉ?」


 リエリーに細めた目を向けられ、わざとらしくとぼけるアイサ。が、構えていたスナイパーライフルのスコープから顔は離さなかった。


「あのユニーカさ、どうおもう?」

「おやおやぁ? あのリエリー・セオークが、このわたしに意見を求めるんだぁ。珍し」

「……とっとと帰れば」

「拗ねない拗ねな~い! メンゴだから、ネ?」

「はぁ……。で、かの“バレット・ニードル”はどう見てるわけ?」

「そうネぇ。ユニーカは、生きモノの塩基配列に似て、二つとして同じものはないじゃない? でもでも、似てるユニーカはいっぱいある。でしょ?」

「だから?」

「だからぁ、あんなユニーカなんて、似てるものだって見たことないネ」

「あたし、あのユニーカ、“腹ぺこレベネス”を回復させる能力に見えるんだけど」

「まっさかぁ。もしぃ、そうだとしたらだよ? 今ごろ、あのトレイニーは細切れにされて研究所に……コホン。み~んな寄ってたかってるんじゃないかなぁ。だってぇ、スペクターからの回復とか、人類の悲願だよ?」


 アイサの言う通りだった。

 太古から、このルカリシアの人々は、涙幽者化の克服に心血を注いできた歴史がある。

 科学が発達する以前は魔法や呪いとして、あらゆる手法が試されてきたし、現代になってからは、生物学や医学の領域からアプローチが試みられていると聞く。

 時折、『涙幽者化を治す秘薬』などと報道されることもあるが、たいがいが誇大もので、リエリーが知る限り、確実に涙幽者から回復できる手立ては存在しない。そして、それは世界威士会AIRの公式見解でもあった。


(けど、あり得ないことなんて、ないし)


 先から頭の隅に浮かんでいる、養父の茶黒い狼貌ウルフフェイス。それだって、本来ならあり得ないことだと、主治医は何度も言っていた。

 だから、アイサの反応に反論しようと思わなかったし、逆に、そのまま受け入れるつもりもなかった。


「……ねえ。手伝って。あの研修生のこと、調べたいから――ちょっとなにしてんの?!」

「クソ、突風かよ……。そのアーミー・バイノキュラーズで見て」


 唐突に、アイサが持つスナイパーライフルの引き金が引かれ、消音器サプレッサが抑えきれなかった撃鉄の音が鳴り響く。

「何事ですか!」と、素っ飛んできたプラトに指でアイサを指し示し、すかさずリエリーは双眼鏡へ目を当てた。


「ネクサスに通報……しても間に合わないか」

「この距離で全員仕留めるのは、さすがにムリ」


 知らず、アイサと顔を見合わせていた。

 その、奥が知れない微笑が、リエリーの考えを代弁していた。


「レンジャー・サイラス。指示をよろしく」

「りょーかい。じゃあレンジャーとして命じるネ。――出動よ、レジデント・リエリー・セオーク」

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