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救命活動は終わらない

「――ええ。タイラ事務官です」

「……へ?」


 奇妙な感覚だった。

 リーダーの言葉の意味は、わかる。わかるが、わからない。


(だってトゥルーのパパは……)


 疲れと傷でボーッとした思考が、うまく動かない。自分の周りには、文字通り、木っ端微塵に砕かれた枝木の残骸が散らばっている。それが意味することと、目の前の現実が噛み合わない。

 眼前、蒼白な顔で立っているリーダーが、痛みを堪えているらしいことはすぐに察しが付いた。体重が掛からないよう、膝を曲げている左脚のふくらはぎから血が滲んでいる。

 早く手当てをしなければ、と急き立てられる一方で、リーダーの腕を自身の広い肩に回し、気まずげにこちらを見ている、緑の体毛を残した男性の姿が、ティファニーの目を捉えて離さなかった。


「トーマス・タイラ、ダ。家族ニ、息子ニ会ワセテクレナイカ?」

「トゥルーの……お父、さん? で、でも、研修生があなたを、その……」

「いいか、ティファ。新米ルーキーは、? 俺は、横でずっと見てたからな。デレクは命がけでユニーカを使った。だからリーダーも、その人も、俺たちの目の前にいるんだろうぜ」


 チームの最年長、マイクの手が肩を優しくつかんでくる。少しずつその言葉の意味が頭に染み込んでいき、ティファニーは、離れた壁際に背を預けている少年に目が向いていた。チラッと目を上げたデレクが、すぐさま目を伏せる。

 自分は、トゥルーの父親を救ったチームメイトを、危うく亡き者にするところだった。

 その恐怖が、今さらのように全身を駆け巡り、ティファニーは震える体を止められない。


「あとでいっしょに謝ろう。ね? ティファ」

「エド……」

「せっかくのムードを邪魔してすみませんが……皆、救命活動は終わっていません。ガレージにはまだ、4名のスペクターが――」

「――――」


 完全に不意を突かれた形だった。

 巨獣の咆哮が聞こえた瞬間、その湾曲したナイフさながらのカギ爪は、既にリーダーの頭上に煌めいていた。

 同瞬、その涙幽者のカギ爪が、粉々に砕け散った。


「――伏せろっ! 後退だ!!」


 マイクの怒号に頬を叩かれ、その場の全員が我に返る。

 当の本人はタイラからリーダーを預かると、立て続けに「ティファは新米と船に迎え! エドは俺とここで足止めだ!」と指示を飛ばした。

 何を、と尋ねるまでもなく、正面の方向から駆ける複数の黒い巨躯が視界に入っていた。


「私も――」

「――バカ言うな! おめぇは約束したんだろ! だったらそいつを守れ!」

「っ! ……タイラさん、こっちへ!」

「彼女ヲ連レテ行ケ。ワタシガ、残ル」


 引き留める暇も与えず、タイラは駆け出していた。その足取りは涙幽者より遙かに遅く、個有能力ユニーカが行使される気配もない。

 その背中が、先刻、自分とトゥルーを逃がすため闘ったアランと重なり、知らず昂揚感が体中を駆け巡っていた。


「マムズ・サンダーボルト!!」


 大気中の電子が加速し、可視の稲妻を宙空に切り刻む。

 それは通常の雷と異なる、地面と平行に走る、白い雷光。

 ユニーカが生みだした雷光は、瞬時にタイラの頭上を追い越すと、迫る涙幽者に直撃する。

 が、動きが止まったのは一秒足らずで、次の瞬間には、湯気を上げる巨躯がこちらを睨め付け、突進を開始。咄嗟に立ちはだかったタイラを薙ぎ倒し――。


「――荒れ狂え、嵐ライジング・ストームッ!!」


 刹那、浮き上がる感覚が全身を包んでいた。

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