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お節介ガール

「――いっちょ上がりっと」

「――ひゅー! こんなゾクゾクしたの、ホント久々。リエリー・セオークったら、大胆よネ」


 ほとんど更地と化したタイラ邸の裏庭。

 そこに駐機した救助艇〈マルゲリータ〉へ、〈ドレスコード〉した4名の涙幽者を収容するクルーの姿を見守りながら、アシュリーは自分の手当てをしてくれていたサマンサを労う。


「今回もお疲れ様でした、サマンサ」

「ボスもね。……あのさ。アタシ、あの二人、張り倒してきたいんだけど」

「仕方ありませんね。それなら、僕もいっしょに行きますよ」


 自分の反応が意外だったのか、目を見開いたサマンサは、すぐさま露骨に眉をひそめた。

 そんなクルーの肩をポンポンと叩いて、アシュリーは立ち上がる。脚の痛みは相変わらずだが、サマンサだけを行かせるわけにもいかない。


「よっ、店長。傷どう? HMC《メディカルセンター》まで運ぼっか」

「遠慮しておきます、レジデント・リエリー。……少し話せますか――?」

「――ねえ、お節介ガール! アンタの竜巻にアタシたちごと巻きこむとか、どういう神経してんのよ!」


 アシュリーの同行も虚しく、サマンサが深紅のパーマヘアを揺らして激しく詰め寄る。が、詰め寄られたモスグリーンの当人は意にも介さない様子で、「うまくいったじゃん」と肩をすくめた。当然、火に油を注ぐ結果となり、さらにサマンサが語気を強めていた。

 普段ならアシュリーが割って入るところだが、今回ばかりはクルーの抗議に完全に同意だった。


(いくらなんでも、やりすぎです)


 先刻、隙を突かれ、背後から涙幽者たちに襲われた。

 そこを助けに入ったのは、間違いなくこのリエリーだ。――正確には、涙幽者を含めたその場の全員を、リエリーの個有能力ユニーカが作り出した竜巻が、宙に巻き上げた。

 自分たちチームは、竜巻の中で分裂した小型のつむじ風に掠われ、無事に脱出。竜巻が消えた跡には、半壊した家屋と、寸分違わず心臓を〈ハート・ニードル〉で穿たれた涙幽者たちが地に伏せっていた。

 リエリーのユニーカ捌きは、文句なしに一流だ。

 あの状況で、涙幽者と威療士を区別してユニーカで運び出すことが、どれほど高度なユニーカ操作を求められるのか、複合ユニーカを操るアシュリーには少しは理解できる。そのおかげで自分たちが命拾いしたことにも感謝はしている。

 が、それと過大なユニーカの行使は別問題だ。

 もし、タイラ家の人間がこの光景を目にしたらと想像するだけで、アシュリーは申し訳なくなってくる。


(家族がスペクター化したうえに、自宅まで住めなくなる。不幸は重なるといいますが、これはひどすぎます)


 自分たちの救命活動に、この威療助手が割り込んだのは、これが初めてではない。というより、カシーゴの威療士なら、一度はその経験があると言っても過言ではないはずだ。


「……だれなんすか、あれ。てか、いいんすか? バッチバチみたいっすけど」

「ああ見えて、一線はわきまえているんですよ。どちらも血の気が多いのは確かですが」

「そうっすか……」

「デレク。5年前、合州国史上、最年少でレジデントになった少女の話題を聞いたことはありませんか?」

「すんません。オレ、そういうの疎いんで」

「謝ることではありません。近ごろの報道は信用なりませんから。あの彼女が、その最年少レジデント、リエリー・セオークです」

「……最年少たって、どう見ても子どもじゃないっすか」

「本人には言わないことを勧めておきます。……ええ、まだ15、6歳ですから」

「15?! てことは、11でレジデントってことっすか! それ、オレがアカデミー入った歳っすよ? てか、その歳でレジデントなれるんだ」

「さすがの威士会も想定外だったのでしょう。それまでレンジャーコード威療士規則には、年齢制限がありませんでした。そこを上手に突いたというべきか、ともかく、彼女は実力を示すことで〈バッズ〉を勝ち取った。ネクサスマスターのバックアップがあったとはいえ、適性は文句なしに一級です」

「けど、よく親が認めたっすね。11でスペクターの相手とか、止めるとこじゃないっすか」


 デレクのその疑問に、アシュリーは答えなかった。彼がカシーゴへの配属を望むのか、定かではない以上、余計な先入観は持ってほしくなかった。

 リエリーの養父――マロカ・セオークについて、枝部長ネクサスマスターは固く口を閉ざしていた。通常、威療士の経歴は、同じ枝部の威療士なら自由にアクセスできる。

 

 当然、そのことに疑問を呈したのはアシュリーだけではない。詮索するつもりはないとは言え、時によっては命を預け合う同僚だ。その過去を知りたいと望むのは、至って正論と思えた。

 が、各チームリーダーが集う会議の場で、ジョン・ハリス枝部長はこう明言した。


 ――レンジャー・マロカ・セオークを知りたい者は、彼の救命活動に同行するといい。それですべてわかる。


(優秀なレンジャーなのはわかりましたが……。そういうことではないんですよ、ネクサスマスター)

「……リーダー、止められてたのにオレ、ユニーカ使ったっす。すんません」

「そのことですが――」

「――ぐほっ?!」

「これは、個人的感情のぶんです。訴えるなら、僕個人を。腕の良い弁護士を紹介します。それから、これはチームリーダーとして。……よくやりました、デレク。貴方の判断のおかげで、命が救われた」

「ど……どうも……?」


 背筋を正していた研修生の腹へ拳を食い込ませ、呻いたその肩を抱いて背を叩く。少し同情しないでもなかったが、新人教育は白黒ハッキリさせるのがアシュリーのやり方だった。

 と、傍へ、中折れ帽から長髪をなびかせた人影が音もなく立った。


「ハロハロ! さっきリエリー・セオークが『店長』って呼んでたよネ? ってことはぁ、あなたがチームリーダーでいいのかなぁ?」

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