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来訪者

「……レンジャーチーム〈スターダスト・ピザ〉リーダー、アシュリー・キムです。カシーゴいちのピザをお求めでしたら、当店へ」

「フフ。おもしろ~い。こぉ~んなボロボロなのに、ジョークを言うなんてぇ、タフな人ネ」


 真剣とも、冗談交じりとも判別がつかない態度で、中折れ帽の少女が笑う。その背には、身長を上回る長い銃身が斜めに背負われ、アシュリーは自身の推測を確信に変えていた。


「僕には狙撃の才能がありませんので。こういう泥臭い救命活動スタイルが性に合っているんですよ」

「あらあらぁ、それってぇ、わたしへの当てつけだったりぃして?」

「とんでもない、レンジャー・サイラス。それとも、こう呼んだほうがいいですか。エウコリン・ネクサス所属ソロレンジャー、“バレット・ニードル”のサイラス。ともあれ、窮地を助けてもらったのは、二度目ですね」

「アイサって呼んでくれるとぉ、嬉しいなぁ。でもでも、フーン。気付いてたのネ、店長。さっすがぁ」

「スペクターの爪を正確に撃ち抜ける狙撃手はそうそういませんから。それよりもには、いささか不審を覚えますが」

「だってぇ、リエリー・セオークが“ピザ屋”の救命活動を見学したいってゆうんだもん。そしたらぁ、ピンチ! だったわけでぇ? もしかしてぇ、わたしもお節介だったりぃ?」

「いいえ。貴方にも、レジデント・リエリーにも感謝しています」

「よかったぁ!」

(4名全員の飢餓係数が残り6だった。……偶然、ではありませんね)


 先刻〈ドレスコード〉した涙幽者たち。その“寿命”にも喩えられる彼ら全員の飢餓係数は、計ったように揃っていた。

 その数字にも薄ら寒いものを感じるが、何より、命の瀬戸際を狙うというやり方に、アシュリーは強い嫌悪感を拭えなかった。

 一桁の飢餓係数など、誤差の範囲だ。正確だったとしても、2、3秒の間にゼロへ至る。

 そうなれば、涙幽者は餓死する。

 威療士として知らないはずがない知識を、愉しんで使う。

 そういう救命活動をスタイルとする威療士が、アシュリーは嫌いだった。


「ではレンジャー・サイラス、僕たちはこれで」

「メンゴメンゴ! ちょっとだけ店長のトレイニーくんを借りてもいい?」

「……オレっすか?」

「レンジャー・サイラス。デレク研修生は、僕たちのクルーです。ここで用件を聞きましょう」

「ウーン。そんな大ごとじゃないんだけどぉ、ちょっとだけトレイニーくんのユニーカが気になってネ」

「っ……」


 アイサの言葉に、デレクの体が強張る。

 緊張したその顔を視界の隅に捉えながら、アシュリーは淡々とソロレンジャーに向き直った。


「知っているとは思いますが、ユニーカは重要な個人情報にあたります。だけでなく、救命活動に関わる情報です。ネクサスから正式な要請があったときには、喜んでお伝えしますよ。そうですよね、デレク?」

「えっ、あ、はい」

「ザンネ~ン! でもでも、仕方ないネ。じゃ、二人ともまたネ」


 意外にもあっさり引き下がったアイサが、ウィンクを残して背を向ける。

 が、諦めたわけではないことは一目瞭然だった。


(面倒なことになりそうですね……)

「リーダー。あざっす」

「どういたしまして。クルーを守るのは、当然の責務です。この件はまた話しましょう。今は、スペクターたちの搬送を――」

『――ボス! ネクサスの護衛艇が接近。通信要請が来てる』

(護衛艇……? なぜここへ……?)


 想定外の報告に疑問が浮かびかけ、知らず視線を動かしたアシュリーは、目に捉えた光景に納得を得ていた。


「ブランドン、すみませんが、1分ほど時間を作れませんか?」

『無茶いうな~。了解』

「チーム〈SP〉! 皆、聞いてください」


 アシュリーの呼びかけに応じ、チーム全員の視線が集結する。

 その視線を、上空を指差すことで注意を向けさせると、全員がそちらを見上げた。

 薄曇りの空を背景に、3機の小型機がこちらへ向かっていた。〈ギア〉で拡大されたその鈍色の機体には、カシーゴ・レンジャーのシンボル、〈居並ぶ五星グランド・ファイブスター〉がくっきり浮かんでいる。


「トーマス、機内へ入ってください。ティファニー、彼のサポートを。サマンサ、すみませんが、予備の〈ポッド〉を3台、機外へ出してもらえますか。指示と同時にまた機内へ運んでください。ブランドン、僕の合図があるまで、誰も船に入れないようにお願いします。他の皆も、乗船してください」

『相手がネクサスの監督官でもかい、ボス?』

「ええ、たとえネクサスマスターだったとしてもです。救助艇の機内は、メディカルセンターと同じく不可侵領域と定められている。それに、僕が乗船していないときは、貴方が船長です、ブランドン。判事の令状がない相手に従う必要はありません」

『ラジャー』


 次に、心配げな表情をしているティファニーに頷きかけ、乗船を急がせる。

“助っ人”二人に目を向けると、準備がいいことに既に離脱の用意を済ませていた。


「じゃ」

「バイバ~イ」


 ため息交じりの苦笑を顔から消し去り、アシュリーは、動かない元事務官の元へ足を向ける。


「急いでください、トーマス。ご家族がお待ちですよ」

「ワタシヲ差シ出セ。レンジャーナラ、当然ダ」

「もしつぎに暴れたときは、そうします。ですからトーマス、今のうちにご家族と話を」

「……感謝スル、レンジャー・キム」

「私も残ります、リーダー。トゥルーとの約束がまだ……」

「――それは認めません。ティファニー、。いいですね? マイクがいれば充分です。それから、エド」

「うん、わかってる、リーダー」


 若きクルーの頼もしい返答が返り、続けてエドゥアルドがティファニーの背を押した。

 徐々に大きくなっていくAGエンジンのキーンという音を聞いていると、横でマイクが耳打ちしてきていた。


「程々にな、アシュリー。おまえは、よくやったんだ」

「感謝します。でしたら、最後までやりきらないと」


 やれやれと、苦笑いを浮かべる長年の相棒。

 そうして眼前へと、小型機が着地する。 

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