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アシュリーの独り言と秘密

「――若いって素晴らしいですね。とてもじゃないですが、僕には救命活動後にジムでトレーニングする体力なんて、ありません」


 カシーゴ・威療士枝部レンジャーネクサスの建物内には、いくつものトレーニングジムが設置されている。

 そのうちの一つ、クルーたちが行きつけの〈アレス・フィットネス〉にアシュリーが足を運ぶと、案の定、チームで若手のクルー二人が汗を流しているところだった。


「ボス……?」

「リーダー、どうしたんですか」

「構わず続けてください。だけで、すぐに帰りますから」


 トレッドミルから降りようとしたティファニーとエドゥアルドを手で制し、並んだ二台の片方に肘を預ける。負傷した脚が休養を求めて叫んでいるが、頭から振り払って言葉を続けた。


「とある父親のことを小耳に挟んだのですが、で“眠る”ことにしたそうです」

「そんなっ……!」

「その父親が眠る前、こう言っていたそうです。『心あるレンジャー二名のおかげで救われた。彼らに礼を言っていない。だから早く起きなければ』と。さぞ素晴らしいレンジャーなのでしょうね。


 集中する視線から目を逸らし、アシュリーは、疎らな利用者しかいないジムを見回した。

 迂遠な言い回しはもちろん、トーマス・タイラについてだ。

 メディカルセンターへの搬送までが威療士の領分であり、その先は本来、不関与が原則だ。それは救命活動がもたらす威療士、要救助者双方への影響を踏まえた上での規則であり、当然、違反者は厳罰に処される決まりになっている。

 が、何事にも、やりようというものはある。


(経験を積むと、この手の知識まで身につくのですから、考えものですが)


 ツテを辿って手に入れた情報は、まだあった。


「そうそう。その父親ですが、何やら理解のある“役人”が担当になったそうで、眠る前に家族と面会したとか、していないとか。あくまでも噂、ですが」

「ティファ! よかったね」

「うん! ボス……ありがとう……っ!」

「おや、聞かれてしまいましたか。これはいけませんね。年寄りは、さっさと退散することにしましょう」


 クルー二人の背をポンポンと叩き、出口へ向かう。

 その途中で、ふと思い出し、アシュリーは背を向けたまま、さらに独りごちた。


「これは業務連絡ですが、僕たちが〈ドレスコード〉したスペクターは4名です。


 言い終え、すぐさま歩き出す。

 無理をした脚よりも、ズキッと痛んだ心臓のほうが、堪えていた。


(トーマスの息子――トゥルーを、と知ったら、ティファニーはさぞかしガッカリするでしょうね)


 できることなら、その選択肢は採りたくなかった。

 顔馴染みに頼み込んで何度も、トゥルーの反転感情を非公式に計測した。

 が、何度測っても、幼子の数値が基準を下回ることはなかった。

 アシュリーにできたのは、タイラ一家が会う時間を――最後になるかもしれない団欒の時間を、少しだけ作ることくらいだった。

 そして自分の手で、トゥルーを監視リストタグド・リストに書き込むことだった。

 何の慰めにもならないが、クルーにだけはやらせたくなかった。


「……次は、ルーキーですね。さて、どこにいるんでしょうか」


 ジムを出、広大な枝部の喧騒にしばし、目を瞑る。

 そうして、アシュリーは次なる探し人の居場所を求めて、ゆっくり歩き出した。

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