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重い朝食

「――めずらしいじゃん、ボス。マトモな時間にランチとかさ。あ、もしかしてエナジーバー、飽きた?」

「貴方までそう言いますか、サマンサ。僕だって朝食……昼食くらいは採りますよ」

「ふーん。じゃあ、アタシのニンジンあげる」

「それは自分で食べてください。でないと、エドゥアルドのこと、言えませんよ?」


 サラダの皿から、しれっとフォークで突き刺した野菜をアシュリーのプレートへ移そうとする、サマンサ。

 そんなクルーに、アシュリーが目を細くすると、ペロッと舌先を覗かせながらチリ色のツインテールは、フォークを隣席の皿へ差し向ける。


「あの二人、こないね」

「ジムでトレーニングしてましたよ。今は、そっとしておきましょう」

「うわっ、なんかマイクみたい。エドくんはともかく、ムキムキのティファちゃんはやだなー」

「――あの、これ、なんすか。ランチに来いってメッセもらったっすけど、レポートなら今日中に出しますんで、オレはこれで」


 同じ食堂のテーブル。その斜向かいに座っていた研修生が、手を付けていないランチプレートを押しやりながら、離席を宣言してくる。

 その顔に、アシュリーへの不信感が色濃く浮かんでいた。


「待ってください、デレク。誘ったのは、貴方に直接謝りたかったからです。……さっきのこと、僕が間違っていました。クルーを殴るなんて、リーダー失格です」

「……ひとつ、訊いていいっすか」


 別の不信感に眉根を寄せたデレクが、こちらを見つめてくる。

 その薄茶色の目の下には、濃い隈が色濃く染みついていた。


「なんでしょう」

「オレがユニーカ使ったとき、個人的感情って言ってたっすよね。あれは、なんだったんすか」

「あれはですね――」

「――なんでもいいでしょー? 危うくスペクターころしかけたの、新人くんなんだし。アレ、わざとでしょ」

「……それ、どういう意味っすか」

「アタシのユニーカはね、反転感情とかユニーカの流れとか、感じるの。あんとき、新人くん、〈コア〉までユニーカで砕くつもりだったでしょ?」

「……っ。けどオレは、チームを助けたじゃないっすか! なんで責められなきゃならないんすか!」

「決まってるじゃん。

「っ。……けど、どっちも助かったでしょうが!」

「結果的にはね。だけど、とっさに選んだのがそれじゃあ、レンジャーとはいえないわね」

「じゃあなんすか。“スニヴェラー泣き虫”に、黙ってやられろって? どっちかしか助からないんなら、“スニヴェラー”を選べってんすか! そんなもん、オレは納得できない!」


 テーブルを拳で叩いたデレクが、睨み付けるように椅子を蹴って立つ。

 食堂にいる複数の視線がこちらに向けられるのを感じたが、すぐに薄れていく。ここ《ネクサス》では、相互不干渉が暗黙の了解だった。


「……デレク。ちょっと歩きながら話しませんか。見せたいものがあります」

「説教なら、ここでやってください」

「いいえ、説教ではありませんよ。そういえば貴方が来てから見せていなかったのを思い出しただけです。時間は取りません」

「……飯だけ食ってからでいいっすか」

「ええ、もちろん。僕もそうします」

「……ごちそうさま。アタシ、先いくから」

「はやいですね。そうだ。サマンサも行きませんか」

「アタシはパス。ドックによろしく言っといて」


 そそくさとトレイを持ったサマンサが立ち上がる。

 立ち去るその後ろ姿を見ながら、アシュリーは短い吐息を吐いた。


「サマンサは、実地研修で相棒バディを失いました。彼女を庇おうとして、相棒はスペクターの一撃を受けたんです。サマンサは未だに相棒と、自分が許せないんです」

「気の毒だとは思うっすけど、オレならその相棒と同じことします」

「それを言い切れる貴方は強い。これは世辞ではありません。デレク、大切な相手が傷付いたとき、人は二種類の反応をする。貴方のように、哀しみや怒りをバネにするか、あるいは、いつまでも傷から目がそらせないか」

「……オレのファイル、見たんすね」

「リーダーですから。ですが、ご安心を。他のクルーには話していません。貴方のユニーカが、大きな代償を伴うことは伝えましたが」

「じゃ、オレは不合格っすか。サマンサさんの言うとおりっすよ。オレは、スペクターが死んでもいい――」

「――この仕事は、結果だけがものを言うのです。覚えておいてください。命を救えたか、救えなかったか。僕たちレンジャーの結果には、そのどちらかしかありません」

「だったら、はどうなるんすか。生きてはいても、目を覚まさないときは?」


 デレクの視線を感じながら、アシュリーは手早く食事を胃に掻きこんでいく。

 つられたように手を動かし始めた研修生を視界に留めつつ、アシュリーは腹を括った。


「見せたいと言ったのは、貴方がそれを訊くかもしれないと思ったからです」

「……どういうことっすか」

「これから行く場所は、その中間にある人々が治療を受けているところです。デレク。貴方にとっては、少し辛いかもしれません。嫌なら無理にとは言いませんので――」

「――どこっすか!? すぐに連れてってください!」

「通称、リハビリテーション・センターと呼ばれているところです」

「リハビリセンター……? そんなの、どこのメディカルセンターにだってあるじゃないっすか」

「ここ……カシーゴ・レンジャーネクサスのものは、少し違います。実際に見たほうが早いですが、少なくとも貴方が知るセンターとは違うとだけ言っておきましょう」

「行きます」


 疲れきっているはずの薄茶色の目が、瞬時に色めき立っていた。


「……わかりました。ついてきてください。ただし、このことは内密にお願いします。

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