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Intermission I.シスウス連邦・首都アヴェゲン 〈グランド・ネクサス〉

「――ふぁ~あ……眠みぃわ……」

「先輩、もうすぐプレスですよっ!」


 腕を組んだまま、明らかに剃っていないとわかる顎をカリカリと掻きながら盛大に欠伸をかく。

 そんな緊張感の欠片もない先達を、右隣の席で諫めるペピン・ドーラス記者に対し、当の本人であるルシアン・バート記者は、「こんな朝っぱらから呼び出される身にもなってくれよ」と、肩をすくめるだけだ。


「アタシたちは威士会エアー付きの記者じゃないですか。こういうときのために張り込んでるんですよ? それに、朝ってほどの時間じゃ……」

「若いもんはいいかもしれんがな、中年には堪えるんだよ」


 それは昨晩遅くまでスポーツ観戦していたからではないのか、とは、さすがにペピンも言うのをやめておいた。先達への敬意というより、ただ単に後が面倒だからだ。


(〈エアー〉付きになって一ヶ月。初めての緊急プレス。気合いをいれないと!)


 欠伸が止まらないルシアンのことを思考から追い出し、ペピンは刻々と速くなる脈を感じながら記者席から周囲を見回した。

 十列ほどある記者席は、意外にも空席が目立っていた。

 記者会見プレスの様子は全世界へ配信され、質疑応答もリアルタイムにネットを介しておこなわれる。そのことを考えると、この場にいる必要は少ないのかもしれなかったが、ペピンにはどうしても納得がいかなかった。


「理解できん、って顔だな、新人」

「そりゃ、そうです。ここは、世界威士会の総本山〈グランド・ネクサス〉ですよ? 全世界に10万はいるとされてるレンジャーの元締めなんですから」

「元締めってオマエ、マフィアかよ」

「先輩も考えてみてくださいよ。〈グランド・ネクサス〉の決定ひとつで、すべてのレンジャーたちに影響がおよぶんです。定例会見ならともかく、今回は数時間前に決まった緊急記者会見。なのに、記者の数が少なすぎます! 絶対、重大発表があるなのに……。どうして皆、先輩みたくだらしがないんですか?」

「あのな、もっと俺に敬意を払ってくれてもいいんだぞ? ……まあいい。理由を知りたいか、新人」

「もう新人じゃないですが、はい」

「いいか、

「……はい?」

「定例、毎回みてたろ? なにを感じた?」

「なにって……。たしかに内容はいっつもほとんど変わらないなとは思いましたけど」

「ほかは? オマエ、毎回手あげてたろ。報道官はどう答えてた? オマエの質問を聞いて、まずどうしてた?」

「耳元に手を当てて……ちょっと時間を置いて答えてました」

「だろ? つまり、そういうこった」

「いや、どういうこったなんですか」


 ペピンの問いには答えず、ルシアンは腕組みしたまま、軽く顎をしゃくった。

 その方向に目をやると、壇上に通じるドアが開いて、恰幅のよいスーツの男性が出てくるところだった。


「あの人って……!」

「エアー会長、ローゼンバーガー直々のお出ましか。オマエの読み通りになりそうだな、新人。よくみとけ」


 言われるまでもなく、ペピンは前屈みになりそうになるのを辛うじて堪えつつ、壇上で頻りにネクタイの位置を調整している禿頭の一挙一動を、目に焼き付けていた。


(資料で見るよりも身長が低いな。それに、なんか苛立ってる……?)


 威士会の“顔”として、メディアの露出が多いローゼンバーガーに対するペピンの印象は、『人好きがする冷静沈着なプロフェッショナル』といったところだった。

 だが、今目の前にいる当人からは、なぜかその印象が伝わってこない。

 ネクタイに留まらず、落ち着きなく衣装を細かく調整したかと思えば、機材のチェックに来たらしいスタッフに「さっさとせんか!」と声を荒げている。

 その姿をじっと見ていたせいか、ペピンと目が合うなり、ローゼンバーガーはさっとこちらを指差すと、「おい、なんだその目は! どこの記者だ。会社に抗議してやるぞ」とツバを飛ばしてくる。


「えっ、あ、あのっ、アタシは……」

「――お久しぶりです、ドクター・ローゼンバーガー。トゥルー・レ通信のバートです。前回の独占インタビュー、わが社でも好評でしたよ。編集長より御礼をと言付かっています。こちらは新人記者のドーラス」

「そうか、トゥルー・レか! ならこのプレスも大々的に取り上げてくれたまえ。休暇先から呼び戻されたのが無駄にならんためにもな!」

「ええ、お任せを」


 先ほどまでとは別人のような爽やかな笑みを浮かべ、慇懃に会釈するルシアン。着席するなり、再びやる気のない表情へ戻った先輩に何と言ってよいやらわからず、ペピンは「ありがとうございます……?」と、あやふやな返事になってしまった。


「なぜ疑問形になるんだ?」

「先輩。編集長、そんなこと一言も言ってませんでしたよね?」

「そうだろよ。あんなただの自慢話、記事に出せるか」


 あっけらかんと言ってのけたルシアンに、ペピンは口をあんぐりさせる他なかった。


「……じゃあ、噓を吐いたんですか」

「俺は、『わが社で好評』と言ったんだ。社内で失笑をさらったのは事実だからな。編集長も、『稀に見るインタビューだ』と言ってたんだから、これもウソじゃない。まあ、真意は知らんが」

「……まさか先輩がそういうタイプだとは思いませんでした。ビックリしたというか、ガッカリしたというか」

「オマエにもわかる。そのうちな」


 記者ジャーナリストの仕事は、真実を伝えることのはずだ。

 それを、あんなふうに使うなんて、ペピンには到底、認められないやり方だった。


「べつにわかりたくもありません」

「その話はあとだ。プレス、始まるぞ」


 いつからか電子ノートを開いていたルシアンに腕を突かれ、ペピンは慌ててそれに倣った。


「……えー、周知の通りではありますが、昨今、誠に遺憾なことながらスペクターの出現数が増えておる状況が続いております。伴い、これまた非常に残念なことではありますが、救命現場におけるレンジャーの負傷だけでなく、更には、忌々しいことに殉職者が増加しておることも事実であります。我々、世界威士会としては、此れ等の状況を重く受け止めており、関係各所と協議を重ねてまいった次第であります。えー、その結果としまして、我々は世界威療士レンジャー競技会コンペティションの開催を決断した次第であります。レンジャー諸君におかれては、競技会にてその手腕を存分に発揮し、更なる技術の向上を目指されたいと考えておるところで……」

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