『……以上だ』
その一言を最後に通信が終了し、ジョン・ハリス枝部長のホログラムも同時に消え失せる。
途中から〈ハレーラ〉機内に戻っていたマロカは、隣でコンソールを掲げ、それをルヴリエイトが覗き込んでいた。
そうして
(アキラたちが、重傷……?)
常に危険と隣り合わせの仕事だ。負傷する威療士は、決して珍しくない。
が、明言を避けたところで、枝部長の言葉が意味することは変わらない。アキラとそのクルーが重傷なのは、明らかだった。
つい、二日前まで同じリングに立ち、拳を交わしたばかりの、同僚。
馴れ合う機会は持ってこなかったし、顔を合わせるたび、言い合いになることがほとんどだったが、ストレートな物言いをしてくるアキラを、リエリーは純粋に尊敬していた。
だから、そんなアキラたちが生死を彷徨っていると聞かされて、居ても立っても居られなくなっていた。
「……待て、リエリー。どこに行く」
「ネクサス。ハリハリに訊いてくる」
「ブリーフィングを待つんだ。俺たちは今夜、非番だから俺が行って、詳細を聞いてくる。帰ったら、おまえさんとルーにも話すから、今は待て――」
「――アキラたちが死にかけてるかもなんだよッ! なのに、ハリハリは言わないし、連絡もさせてくんない。こんなの、おかしいってば!」
「ああ、普通じゃない」
不満と不安と苛立ちを爆発させ、睨め上げたリエリーを、マロカの深海色の双眸が同感を示して頷いた。
そうしてコンソールを嵌めた豪腕を組みながら、淡々と言葉を継いだ。
「レンジャーが殉職したって、メッセージを流さないジョンのことだ。そのジョンが、すべてのレンジャーに向けて直々に通達を出した。どう考えたって、何かある」
「じゃあ――!」
「だからだ! リエリー。ジョンは何と言っていた? レスカたちのこと以外に、何を俺たちに伝えていた? この緊急通信の一番重要な部分は、何だと思う。おまえさんなら、理解できるだろう?」
背を向けたリエリーの肩に、重く温かい手が置かれる。
それを振り切って飛んでいきたい衝動を深呼吸で抑え込み、リエリーは養父のほうを振り返った。
「……警戒レベル。ツーまで上がったの、ファロンのとき以来だから、3年ぶり」
「その通りだ。つまり、あのときに近い事態が起きていると考えられる。もっとも、一斉出動が掛からないということは、差し迫った脅威はないのだろうが。……それでもジョンには思うところがある。それは間違いないだろう。でなければ、警戒レベルを引き上げはしない」
「いま、ネクサスのサーバーに再確認したんだけど、確かに警戒レベルは上がっているわね。でも、レンジャーのシフトは通常通りよ」
ルヴリエイトによる追加の情報で、マロカの推測は裏付けられたと言ってよかった。それに、チームリーダーで養父の言葉は、リエリーにも理解できるところだった。
警戒レベルの引き上げは、単に威療士へ注意を促すためにあるのではない。
(スペクター・インデックス・レベル
記憶に刻んである
威療士の現場判断で〈ドレスコード〉できるということは、
通常、定められた複数の基準が、涙幽者であるか否かを判断する指標になっている。
が、警戒レベルII《ツー》では、その指標がほとんど威療士の一存に委ねられる。
つい、マロカに目が行っていた。
「助かった、ルー。……心配するな、リエリー。俺は、このカシーゴのレンジャーだぞ? “戦錠”セオークだ。こんなときに得意げにするもんじゃないが、俺に手を出そうとする奴がいたら、それを思い知ることになるさ」
「ねえ、お二人さん。続きは食事をしながらしましょ?」
「おう、すまんすまん。シャワー浴びてくる」
キッチンへ向かったルヴリエイトを目で追っていると、マロカの
「万が一のときは、俺を守ってくれよ?
「まかせてよ。戦錠の“鍵”は、このあたしなんだから」
「こいつめ」
「もしもーし? ベーコンが冷めても、焼き直しませんからね!」
「「すぐいく!」」
堪らず重なった言葉に、顔を見合わせたリエリーとマロカは吹き出してしまったのだった。