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絶対に知らなければならないこと

「具合はどうだい。見舞いなら菓子でも持ってくるべきところなんだがね」

「……どうもっす、ネクサスマスター」


 カシーゴ枝部レンジャーの一画、医務室の個室に足を踏み入れると、自分の来訪を知らされていたらしいドレッドヘアの少女が、ベッド上に上半身を起こしていた。

 普段、漲る闘志とカリスマを放っている褐色の表情は、見る影もないほどにやつれ細り、別人と見紛う憔悴ぶりだった。

 それでも背筋を伸ばし、姿勢を保とうとしているのは、実に彼女――アキラ・レスカ威療士らしい根性と言えた。


「すぐに出ていくよ。何せ、ドアの外でドクターが目を光らせせているものでね」

「スペクターのことなら報告書に書いた通りで――」

「――遮ってすまないが、私はスペクターのことを訊きに来たのではないんだよ」


 予想外の言葉だったのか、宙の一点を見つめていたアキラの目がすーっと、自分へ向けられていた。


「……スペクター、じゃない?」

「うん、違う。先に謝っておくよ。これから尋ねることは、君にとって辛い記憶だ。私を恨んでくれてかまわない。誹りは、喜んで受ける。だが今は正直に答えてほしい。これは、カシーゴのレンジャー全員の安全に関わることだからね」

「……なにが、知りたいんすか」


 束の間、アキラの目が見開かれ、続けて眉根が強く寄せられる。

 それは苦痛にも、怒りにも見える表情だった。


「……それも報告書に書きましたよ。暗かったし、アタイは動転してた。狙撃の相手なんか、見えなかった」

「ああ、わかるとも。だが、君の〈ギア〉には鮮明に記録されていてね。分析した結果、使用された弾は氷結弾、つまり氷だ。おまけに、推定狙撃距離は、2,000メートルを超している。そんな超長距離から、軍も未承認の弾を使って、一撃でスペクターの頭部を撃ち抜いた相手が、この街にいる」

「だからなんすか。んなの、警察に任せりゃいいでしょう」

「それができるなら、私もわざわざ部下の不興を買いにノコノコやってきていないんだがね。君も知っているように、スペクター絡みの事件は、われわれレンジャー」が捜査を担当する。フィクションさながらの腕利き狙撃手が、スペクターを狙っているとなれば、何としても探し出す必要がある」

「アレは、アタイのクルーを……家族を殺そうとしたんだ! アタイは、その狙撃手に感謝したいくらいだよ」

「君のコメントは聞かなかったことにするよ。でも、これだけは教えてくれ、レスカ君。変わった人影や機体、そのほか何でもいい。狙撃に関係しそうなものを見たり聞いたりしていないかね? 現場の半径300メートルにいたレンジャーは、君たちだけなんだ。情報がないんだよ。頼む! 何でもいいんだ。君は何か――」

「――アンタはどうかしてる! アタイたちは、あのクソ忌々しいスペクターに全部奪われたんだ! だってのに、アンタはスペクターを殺った相手を気にしてる。アタイは知らないし、クルーも知らない。言っとくが、クルーを起こしたりしたら、許さねぇからな。ネクサスマスターだろうがなんだろうが、アタイは止めてみせる」


 束の間、アキラの紫瞳に焔が揺らいでいた。それは敵意であり、恐怖であり、失望の焔だった。

 その怒気を真正面から受け止め、ジョン・ハリス枝部長は淡々と言葉を口にする。


「君のクルーは、レンジャーとして市民と街を守るために命を張ったんだ、レスカ君。リーダーである君が、それを否定するのかい?」

「アンタ得意の話術に乗るつもりはねぇ! アタイが知っていることは全部話した。もういいだろ」

「ああ、時間を取らせてすまなかったね。体を休めてくれ」


 ハリスは反論せず、病床へ背を向ける。

 そうしておもむろに、提案を口にした。あたかも今、思い付いたとでも言うような軽い口調で、背後から刺さる視線の主へと告げた。


「最後に一つ提案なんだが、レスカ君」

「断る。こういうときのアンタの提案は、ロクなもんじゃねぇ」

「酷い言われようだな。私はただ、君にこう言いたかっただけなんだがね。――レスカ君。この捜査、手伝ってみる気はないかい?」

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