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師姉さま

師姉ねえさま、師姉ねえさま! ヘッドを作ってみました! カメラはここでいいですか?」


 てくてくと、改良したボール型のロボを見せに、傍までやって来た男の子。

 その両手が掲げていたのは、雪だるまよろしく、小ぶりの球体ヘッドを追加した筐体だ。

 駐機場からレイモンドの工房までの道すがら、自らをエンと名乗った彼は、到着するなり、以前にリエリーが使っていた作業机へ駆けていくと、ものの数分でアイディアを実現してみせた。 

 この短時間で、先刻のリエリーのアドバイスを取り入れているのは感心だが、あいにく、目となるカメラが頭部パーツの真上に装備されている。しかも、パーツは横回転しかできないらしく、これでは、どう動いても人の顔は収まらない。


「あー、そこじゃちょっと空しか見えないんじゃない?」

「わ! そうですね! さすが師姉ねえさまです!」


 率直なリエリーの指摘にも、エンは落ち込むどころか、人懐っこい笑顔を浮かべると、またてくてくと作業場へ戻っていく。

 その小さな背中を眺めていると、聞き慣れたダミ声が、感想を投げかけてきた。


「よう懐いとるようじゃな、リエリー師姉ねえ

「感心してないで説明してほしいんだけど。てか、入れ知恵したの、レイでしょ。なに、師姉って」

「年上じゃろうが。それにじゃ。おまえさん、きょうだいが欲しかったんじゃろ?」

「ばっ?! 聞こえるし!」

「ぼくはなんにも聞こえていませんよ、師姉さま」


 しれっと、秘密を暴露してくれた老爺に続いて、すかさず飛んできたエンの言葉。

 熊のような体の上に、着古したインディゴのオーバーオールを纏ったその老爺を思いっきり睨め付けると、返ったのは、文字通りに空気を震わす豪胆な笑い声だった。


「ワッハハ! よかったのう。しっかり“弟”を可愛がってやっとくれや」

「ぜんっぜん説明になってないし!」


 抗議しつつ、リエリーはエンに見えない角度で、自分の手を叩いてレイモンドに見せる。次いで、ハンドジェスチャーで『ちゃんと話して』と訴えると、強面に嵌まった若葉色の瞳が小さく頷いた。


「エン! じきアルフォンヌが時計を引き取りにくる。任せたぞ。手袋を忘れるな?」

「はい、お師匠さま!」

「ほれ、手伝え」


 有無を言わせず、投擲される物体。それを受け止めると、リエリーがここで作業するときに使っているモスグリーンの作業用グローブだった。色褪せてはいるが、修繕の跡が至る所に見受けられて、手入れが行き届いているのが一目でわかる。

 そうして、歩き始めたオーバーオールの背を小走りで追いながら、リエリーも地下へと続く階段を降りていった。

 レイモンドは、歩きが速いだけでなく、体格相応に歩幅も大きい。少しでも速度を緩めれば引き離されるのは明らかで、リエリーは、手早くグローブに手を通しつつ、さらに歩速を上げた。


「エンだっけ。手に灰毛グレイスカーがあった。“腹ぺこレベネスキッド”? 親は〈ドレスコード〉? なんであたしたちを呼ばなかったわけ」

「名はわしが付けた。本人は覚えておらんかったからの。わしが見つけたときは、既に“痕”があった。ハスキーラに確認したが、該当する近親者はおらんそうじゃ」

「だからカニカニが言わなかったわけか。あたしと同じだから」

「もう違うじゃろうが。……とにもかくにも、そういうことだ。親には言うんじゃないぞ? 助けが要るときは、わしが話す」

「わぁってるって」


 レイモンドから事情を聞いて、リエリーは納得を得ていた。

 灰毛グレイスカーは通常、回復した涙幽者に顕れる痕跡だ。顕れる場所には個人差があるものの、回復者の特徴として一般的に知られている。

 が、ただでさえ回復者は数が少ない。

 そのうえ、子どもの回復者となると、リエリーも資料でしか読んだことがないほどのレアケースだった。


(ネクサスが知ったら、エアー威士会に報告がいく。そしたらエンは、〈タグド〉決定。悪ければ……


 否が応でも、養父の顔が思い浮かんだ。今日は、悪い意味で養父のことを考えなければならない日らしい。

 そうして次々に思考が良くないほうへ落ちていくと、ふいに、ダミ声が耳を衝いた。


「そう暗い表情をするな、リエリー・セオーク。おまえさんの父親が何とかなったんじゃ。もう一人くらい、心配せんでもわしが何とかする。じゃから、おまえさんは時々でいい。ここに来て、あの子の話し相手になっとくれ。頼めるか?」

「それはいいけど」

「よし。だったら、おまえさんのメンテナンスといこうか」


 開けた倉庫のような場所に出、レイモンドが巨大な手を二度、叩く。たちまち天井から光が射し込むと、見慣れた〈ハレーラ〉のいぶし銀の機体がゆっくり降下してくる。

 そうして、おもむろに老爺が言った。


「そうじゃ。エンの記憶力は驚異的でな。おそらくユニーカなんじゃろうて。じゃから、わしが話してやったおまえさんのことは全て覚えておる」

「……は」

「まあ、あれだ。いろいろ訊かれるじゃろうが、辛抱して付き合っとくれや」

「はぁ~っ?!」


 地下の整備場に、リエリーの絶望が木霊していった。

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