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リエリー、名付け親になる

師姉ねえさま、師姉さま」

「ん?」

「11歳でレ……レジ、デント? になったってほんとうですか!」

「うん、ホント」

「すごーい! じゃあじゃあ、師姉さま、師姉さま」

「ん?」

「グローブを持って寝てたのもほんとうなんですね!」

「ぶ……?!」


 長いこと、記憶の彼方に飛んでいた黒歴史。それを、想定外のタイミングで口にされ、握っていたレンチを滑らせてしまった。

 間が悪いことに、その落下地点には、純真な問いを投げ掛けた張本人――エンが、こちらを見上げていて、加速しながら自身へ向かってくる凶器レンチを理解できていない様子だった。


立て、波風ウィンドボーン!」


 幸い、特技の個有能力ユニーカが間一髪で工具を弾くことに成功し、床を打つ硬い音が続いた。


「わーっ! 師姉さますごい! それがユニーカなんですね!」


 真下からキラキラした目を向けられ、おまけに小さな拍手まで送られてくる。

 仕方なく、吐きそうになった嘆息を飲み込み、機体の反対側で手を動かしているオーバーオールに目を向けると、咄嗟に視線を逸らされた。滅多と変わらないその強面が、笑いを堪えているように見えたのは、気のせいではないはずだ。


(……レイめ。こんど、ミートパイにチリソース入れてやる!)


「エン。おまえさんのユニーカはなんじゃったかのう? 師姉さまに、教えてやっとくれんか」

「はい、お師匠さま! ぼくは、聞いたことを忘れないユニーカです!」

「こちとら、忘れてほしいんだけど」

「あのー、師姉さま……? もしかして、ぼく……」

「ぐっほん。リエリー、おまえさん、ネーミングが得意じゃったろう? エンのユニーカにも、名前を付けてやっとくれい」


 わざとらしい咳払いが整備場に木霊し、こちらをレイモンドのしかめっ面が睨み付けてくる。事情はわからないが、話題を変えようとしているらしい。

 個有能力ユニーカは、その持ち主の在り方を映し出す鏡とも言われている代物だ。つまり、人名と同じくらい、重要なものである。

 そんな大事なものを、レイモンドは即興で押し付けてきた。

 いくら、名付けが趣味でも、荷が重いというものだった。


「……あたしじゃなくて、レイがいいんじゃないの」

「師姉さまは、いやですか……?」

「うっ」


 潤んだ瞳に見つめられ、たじろいでしまった。

 もし、これが演技だったなら、幼子だろうとリエリーは無視しているところだ。そして、自分にはそれを見抜く勘がある。

 が、あいにく、自分のローリングラダーの足元で、かつて自分が使っていた作業着を着、今にも泣き出しそうな顔をしているエンからは、本物の悲しさしか伝わってこなかった。


「……刻め、耳の声ヒア・マイメモリー

「リエリー。わしから頼んどいて何だが、そいつはちとインパクトがデカいというかのう――」

「――わーっ! かっこいいです! 師姉さま、ありがとう!」

「き、気に入ってよかったよ」


 人生で初めて付けた、個有能力ユニーカの名前。

 正直、救命活動に出動するよりも鼓動が早鐘を打っていたが、エンは「ヒア・マイメモリー! ぼくのユニーカ!」と繰り返しては整備場を駆け回っていた。

 顎を上げてレイモンドのほうを見やると、肩をすくめるだけで作業に戻っていた。


「師姉さま、師姉さま! このお船は、師姉さまがつくったんですか!」

「んー、〈ハレーラ〉はロカが……あー、あたしの相棒バディが、買ったんだよ。作ってはいないけど、そこの整備士メカニックからパーツとかの名前は教わったかな。あと、船じゃなくて救助艇だから――」

「――バロウッ!」

「ご、ごめんなさい! ぼく、ぼく、わざとじゃなくテ……」


 何気なしに訂正した一言。

 直後、レイモンドの舌打ちが、梯子を駆け下りる足音に続いていた。

 そうして、リエリーが状況を理解するより早く、発現する。


「――――」

「リエリー! 手伝えッ!」


 そこには、レイモンドの巨体に抱きかかえられながら、みるみるうちに自身も肥大化していくエンの姿があった。

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