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レイモンドの後悔

「よう手入れできておる。じゃが、パルスフィルターが目詰まりしとるぞ。考えられる原因は何じゃ?」

「頻繁な加速」


 即答した途端、熊のような固い手が髪をくしゃくしゃにしてきた。


「わかっておるなら用心せんか。ただでさえ古い機体じゃ。そこにこのわしが超一流のカスタマイズを無理やりしとるんじゃぞ。整備を怠りゃ、何が起こっても不思議はない。多めに渡してやるから、早めに交換するんじゃぞ? こいつには、おまえさんだけが乗るわけじゃないんじゃ。よいな?」

「わぁったって」


 降参するように両手を掲げてみせると、レイモンドがサッと、古いフィルターを手渡してくる。

 それを受け取り、傍の工具箱から新しい物を返す。念押しするようにヒラヒラ振り回すと、オーバーオールの背中が再び、リエリーの背丈ほどの立方体のエンジンの背後に回った。


「……じゃからだろうのう」

「なにが?」

「エンに、おまえさんを“姉”と呼ぶように言うた理由じゃ。あの子を見てるとな、おまえさんが頭に浮かぶ」

「あたしじゃなくて、ロカじゃない?」

「ハッ! かもしれん。もっとも、おまえさんの父親は、あの子ほど可愛くなかったがの」

「どんな感じだったわけ?」

「フン。その手には乗らん。父親のことが聞きたけりゃ、本人に言うんじゃな」

「ケチ」


 話の流れから、念願だった養父の過去を知れそうな気がし、密かに誘導を試みたリエリー。

 が、高鳴った鼓動は、レイモンドの一言によって呆気なく打ち砕かれていた。


「あの子はな、ここのスクラップヤードに隠れておったんじゃ。パーツを取りに行ったら、光る目がわしを見とった。腰を抜かしたわい」

「レイのヤードって、セキュリティ張ってなかったっけ」

「とびっきり複雑なやつをな。じゃから、なおのこと驚いたわい。あとから聞きゃ、外に落ちとったパイプとワイヤーでこじ開けたんじゃと。このわしにもできんぞい」


 レイモンドは、嬉しさを隠しきれない様子だった。

 かつては、その道で名前を知らない者はいない、天才技術者だった人だ。腕が立つ相手を見つけると、嬉しくて仕方ないのだろう。


「そんときから灰毛グレイスカーがあったわけ?」

「あの手のまんまな。しばし様子を見とったんじゃが、エンは端材の裏から出てこんでな。そこでわしは、そこいらにあったもんでロボを組んでみたんじゃよ。そしたら、傍まで来てのう。ロボを渡したらエン、どうしたと思う?」

「バラした。んで、完璧に組み直した。でしょ?」

「誰かさんそっくりじゃろ? それだけじゃないぞ? あの子は手近な材料を拾って、その場でアップグレードしおった。それも、わしのパーツに合致するようにの。アカデミーで大勢見てきたが、エンほどのやつはおらんかった。ユニーカじゃとしても、大したもんじゃよ」

「で、連れかえったら、暴れた?」

「子攫いみたく言うんじゃない。とかく、日暮れまでそうやってパーツを組んどったんじゃが、エンの腹が鳴り出しての。じゃが、本人は相変わらず組立に夢中ときた。わしは、『飯を食おうや』と言ったんじゃが、聞こえておらんくての。おまけに雨まで降ってきおった。じゃから、工場まで抱えて行ったんじゃが、途中でパーツを落としたらしくてのう。……ま、あとはわかるじゃろ?」

「グズったってわけか。牙だして」

「わししかおらんときでよかったわい」

「よくないでしょ。下手したらレイがディナーになってたじゃん」

「老いぼれの肉は不味いぞい。……モンキーレンチをくれ」


 言われた通りの工具を手渡しながら、リエリーは思い付いた疑問をそのまま投げ掛けた。


「どうやってエンを眠らせたわけ? 鎮静剤アレルギーって言ったけど、なんでわかったの、レイ。……もしかして」

「……おまえさんたちに連絡すべきじゃった。それか、あやつのドクターにな」


 リエリーの推測に対し、手を止めたレイモンドが顔を覗かせる。

 年季が入ったその顔には、深い後悔がありありと刻まれていた。


「やっぱりか」

「そうじゃ。焦ったわしは、使ってしまったんじゃよ。予備のトランをな」 

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