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冷やかしの名人

「ここ、配線かえてみたら。あと、ここは……」


 自室の机に広げた、小型ロボのパーツたち。

 訊けば、ロボは自分の代わりに接客してもらうために考えたものらしい。

 古馴染みの客の相手はレイモンドに任せてもらえるが、それは少数で、大半はレイモンド自身が客の相手をしている。

 その負担を減らしたいと、ロボの設計者――エンは真剣な表情で言っていた。そう言われた以上、リエリーとしても本腰を入れないわけにはいかなかった。


「じゃあ、じゃあ、こっちはどうですか、師姉ねえさま」


 リエリーのアイディアに対し、エンは、素直に受け入れることもあれば、思ってもみない方向から気付きを与えてくることも多かった。

 今も、膝の上でこちらを見上げてきた小さな技術者エンジニアは、斬新なアイディアを実際に示してきて、リエリーはつい唸ってしまった。


「やっば。それサイコーじゃん」

「わあ! やったー!」


 灰毛グレイスカーのある両腕を突き上げ、喜びを表現するエンの姿に、つられてリエリーも笑顔になってくる。

 そんなやり取りを繰り返すうち、ロボはみるみる完成していき、残すは仕上げのみとなった。


「――素敵だと思わない、アナタ」

「――ああ、ルー。あの子も大きくなったもんだ」


 唐突に耳へ届いた、聞き慣れた声たち。

 首だけで部屋の入り口を振り返ると、壁にもたれてこちらへ目をやる茶黒い巨躯と、『微笑む目の笑顔』の絵文字を乳白色の筐体に浮かべ、宙を漂う正十二面体の姿があった。


「びっくりしたっ! ちょっとロカ、ルー! なにやってんの」

「メッセージに返事がなかったもんでな。寄ってみただけだ。俺たちのことは気にすんな。続けてくれ」

「そうそう。ビデオ撮ってるから、ね? 続けて続けて」

「ちょっ!?」


 豪腕を組んだまま、狼貌ウルフフェイスを何度も頷かせるマロカの隣で、ルヴリエイトが筐体を回転させながら、驚愕の言葉を口にする。

 素っ飛んでいきかけ、ふいに、膝に乗った温もりを思い出した。


「あの……師姉ねえさま? あのひとたちは、だれ、ですか?」

「まあ! 『ねえさま』ですって! アナタ、聞いた?」

「もちろんだとも。一生、忘れられんな、こいつは」

「あー、二人はなんていうか、あたしの……えっと……」

「初めまして、エンちゃん。ワタシ、ルヴリエイトよ。ルー、って呼んでね。こっちのデッカい人は、マロカよ。ロカって呼んであげてね。ワタシたち、レイモンドお爺ちゃんの古~いお友だちなの。もっちろん、そこのリエリー“ねえさま”のお友だちよ」

「よろしくな、エン君。リエリー“ねえさま”は優しくしてくれてるかな?」


 紹介の言葉選びに困ったリエリーだったが、すかさずルヴリエイトの的確なフォローが入っていた。普段なら、『ルーママ』呼びを強制してくるところだが、それがない。

 状況を呑みこめないでいると、目が合ったマロカのウインクがあった。レイモンドからエンについて聞いたのだろう。


「わあ! は、はじめましてですっ! ルーさん、ロカさん。はい! 師姉さまは、とってもやさしいです!」

「そいつはよかった。これからも仲良くしてやってくれ」

「はい! とってもいいおともだちですね、師姉さま!」

「ま、まあね」


 純真な目にそう言われた以上、もはや返す言葉もなく、リエリーはただ火照る耳を堪えるしかない。

 いそいそと、コンソールに目を通すと、確かにプライベートメッセージで状況を尋ねる吹き出しがいくつも届いていた。基本、サイレントモードにしてあるとは言え、気付かなかったのは不覚だった。それだけ、エンとの共同作業に夢中になっていたのだろう。――と。


「……おっと」

「そうね。エリーちゃん」


 一斉に耳を衝いた、鈴音のような通知音。それは個人用と違い、無音ミュートに設定できない、呼び出し音だ。

 ルヴリエイトに頷き返し、エンを抱き上げて立たせると、リエリーは膝を曲げて目線の高さを合わせた。


「エン。あたし、いかなきゃ。レイのとこに行って。帰ったら、ぜったいロボを手伝うから。約束」


 言い終え、立ち上がって踵を返した。

 マロカたちが立つ斜向かいの壁に埋め込まれた、円筒形のワードローブ。

 リエリーの接近を検知し、充電器を兼ねたそのワードローブ内が自動的に蒼く点灯すると、仕事着――〈ユニフォーム〉が迫り出してくる。

 素早く羽織った背に、「はい。……あの!」と、声が掛かった。


「ん?」

「みなさん、い、いってらっしゃい!」

「まあ……!」

「こりゃ、いつもの半分の時間で帰れそうだな。な、リエリー」?

「ほら、ちゃっちゃといくよ!」


 表情を見られたくなく、リエリーは俯き加減で部屋を後にする。

 そんな背後から、駆ける足音がすると、追い越し様に「師姉さま、いってらっしゃい!」と、再び声が掛かった。


「うん、いってくるよ」


 認めるのは癪だが、マロカの言う通りかもしれない。

 いつも以上の活力を感じつつ、リエリーは〈ハレーラ〉の操縦席へ急いだ。

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