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彼我

「邪魔を……するなッ!!」

「なにやってんのアキラ! それじゃ死ぬってば!」

「だからなんだって、んだッ!」


 渾身の一撃を阻まれ、今度こそアキラの堪忍袋の緒が弾け飛んでいた。

 腕力に物を言わせ、生意気に掴んできた細い手を振り解くと同時に、左手の拳を振り抜いた。


「なんだじゃないし! レンジャーが“腹ペコレベネス”と市民を死なせてどーすんの!」

「どっちもニセモンだろうがッ!」


 その拳も読まれていたのか、簡単に躱され、逆に懐に潜りこまれていた。

 しまった、と思う間もなく体が浮かび上がると、そのまま傍らへと落とされる。


(手加減しやがってセオーク!)


「関係ないってば! あたしたちはレンジャーで、これは救命活動の訓練だし――」

「――アンタはレンジャーじゃねえッ!」


 悔しかった。

 限界以上の力を注いだはずの一撃は呆気なく止められ、喧嘩で鳴らしたはずの腕っ節も届かない。怪我をしているから、などという言い訳をするくらいなら、死んだほうがマシというものだった。

 そうしてタダを捏ねる幼子のようにムチャクチャに腕を振り回しながら、アキラは叫んでいた。


「アタシはずっとアンタが嫌いだった! レンジャーでもねえアンタが大っ嫌いなんだよッ! そのくせ現場じゃあいっちょ前にスペクターの相手しやがって! アンタにとっちゃ大したことなくても、こちとらいつだって命がけなんだよ! アンタは、いつだって目障りなんだよ!!」

「アキラ……」

「なんだよ、その顔! いつもみたいに言い返してみろよ! なんで殴り返さねえんだよ!」


 リエリーはただ防御に徹していた。腕を交差させ、だが目はしっかりこちらの動きを捉えている。攻撃とも言えないくらいの拙い一撃一撃だったが、決して隙を作ることはなかった。

 悔しいくらいの、プロの動きだった。

 何より、普段は怒りの色を浮かべているその濃茶ダークブラウンの目が、真剣そのものなことがイラついた。その双眸に映った、醜い子どもの姿が、嫌で仕方なかった。


(これじゃあまるでアタシが……っ!?)


 唐突に、拳が感覚が返り、アキラは目を見開いた。

 リエリーの右頬を拳が擦り、雑な力加減のせいで擦過傷から血滴が宙を舞っていた。

 が、その目はアキラに向けられておらず、視線を追うより速く、背を叩かれていた。


「――――」

唸れ、つむじ風ワールウィンド!」


 無様に地面へ転がり、ハッとして振り返る。

 自分の背後に迫っていたのだろうスペクターの巨躯が浮き上がると、リエリーの手の動きに合わせて加速、やや距離を置いたビークルに衝突した。ビークルのドアが開いていて、そこから走り去っていく市民の姿をぼんやり眺めていたアキラは、それもまたリエリーの為業なのだろうと、まとまらない思考で推測する。

 と、そんな自分の上に巨影が差して――、


「――救命の時間だってばGive me your heart.

「う、うしろ――」


 リエリーがビークルに叩き付けたスペクター。その巨躯が挟み撃ちを仕掛け、つい、声が出ていた。

 が、ふいに止んだ咆哮を見やれば、自身の〈ハート・ニードル〉を抜き取っていたリエリーが見もせずにその先端をスペクターの胸に突き立てるところだった。


「……」

「ごめん。勝手にニードルつかった」


 静かな謝罪が耳を衝いて初めて、アキラはリエリーが自分の〈ハート・ニードル〉を使ったことに気が付いた。

 わずかに残る威療士としての経験が、数秒間に起きたことを分析して突き付けてきていた。

 自分がムチャクチャに暴れている間も、リエリーは二体のスペクターを把握していた。

 一体が自分へ狙いを付けたために、リエリーはパンチを受けながら自分を引き倒して攻撃を逸らした。

 そうして、呆けて動かなかった自分へ迫った別の一体を、咄嗟の判断からリエリーは自身ではなく、アキラの〈ハート・ニードル〉で鎮静化した。なぜなら、もう一体が迫っていることを知っていたから。

 それは、熟練のレンジャーでさえ実行できるかどうかの、一連の動きだった。


「……どうして……どうしてアタシを助けたッ!」

「んー、そうしたかったから?」

「……それだけか?」

「うん」

(……そりゃあ敵わねえよな)


 迷わずに頷いたリエリーの手から、〈ハート・ニードル〉がピクセル状に分解され、消滅していく。

 たちまち消滅していくホログラムの街を見ることなしに眺めながら、アキラは続くリエリーの言葉を聞いた。


「あたしもアキラのことは好きじゃない。ケンカっぱやいし、イチャモンばっかりだし」

「……どっちがだよ」

「けど、尊敬はしてる。アキラって、クルーたちに好かれてんじゃん? ほかのレンジャーともうまくやってるし。それに、現場じゃ真っ先に突っこんでくでしょ。ロカには勝てないけどさ、それでもあたし、アキラみたいなリーダーになりたい。クルーにゃ威張らず、威張ってるヤツらにゃ噛みつくリーダーにさ」

「……」

『――二人とも、お疲れさん。なかなかに良いデータを取らせてもらったよ。そうだ。どうだい、たまにここでデータを取らせてもらうってのは? 代わりに、メンテナンスはサービスしよう』

「メンテはいい。ウチの〈ハレーラ〉は、ここネクサスのメカニックじゃ全力だせないから」

『言ってくれるじゃないか、リエリー・セオーク・

「じゃあ!?」

『とにかく。二人とも会議室へ戻るように。いいかい? リーダー・レスカ、君もだ』

「……了解」

「んじゃ、いくよアキラ」


 それまでのことがなかったかのように、横にしゃがんだリエリーが肩を突いてくる。

 アキラは目を合わせられず、ボソッと言葉をこぼした。


「なあ……」

「ん」

「アタシはどうしたらいい。クルーたちの……ヴィキたちの仇を取るつもりだった。だけどよ、あのスペクターどもはもう死んだんだ。アタシはどうすりゃ……っ」

「アキラはどうしたいわけ?」

「わからねえよ……アタシはクルーたちがいなきゃ、なんもできねえんだ」

「そ。じゃクルーの傍にいたら」

「……は?」

「だぁから。サムとかヴィキたちの傍に行ってやったら。あっちだって、アキラに会いたいんじゃないの?」

「でもアタシはみんなを助けてやれなかったんだ! そんな奴が顔だしたって……」

「それ、サムたちに言える? あたしあんまり知らないけどさ、たぶんアキラがそれ言ったら、クルーたち、キレるんじゃないの」

「……かもな」

「ん。ほらさっさといくよ。ハリハリ、怒らせたらヤバいんだから」

「マジで? ネクサスマスターでも怒んのか。……アンタ、なにやらかしたんだよ」

「アキラには言わない」

「なんだよそれ!?」

「殴られた仕返し」

「んぐっ……」


 そうして差し出された手を、今度はガッシリと握り返した。

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