「……『感情感応型AGエンジンの駆動に用いられている脳波はγ波が74%を占めており、一方、補助的にθ波が使用されていることから』――って、わかんねェわッ!」
「アキラ、うっさい」
巨艦に似合わず、意外なほどコンパクトな
そこに仁王立ちしていたリエリーは、傍らの補助席から挙がった白旗の悲鳴へ、にべもなく言い返していた。
「……そういうとこ、嫌われっぞ?」
「だからうっさいってば。いま、コントロール叩きこんでるんだから」
「整備長が取説、読んどけって言ってたじゃねエかよ」
「読んだって、飛ばせなきゃ意味ないでしょ」
「そりゃそうだけどよ」
アキラの言葉を耳に素通りさせつつ、リエリーは自分が立っている立位式全方位操縦席の足場で身じろぎする。
似ている、と所見では思った。
自分が、体の一部と同じくらい自在に駆れる愛機〈ハレーラ〉の操縦席に、この船――〈ジョン・・K・ハリス〉の操縦席は酷似している。
(てか、ぜったいベースがおなじだし)
立って操縦するコックピットなど、カシーゴ・シティはおろか、他の救助艇でも耳にしたことがなかった。
それもそのはずで、〈ハレーラ〉の操縦システムは、カシーゴ威療士枝部の整備長ピケットを以てして“伝説”と言わしめるレイモンドのオリジナルだ。
本人いわく、構想に過ぎなかったそれを実装した経緯はともあれ、枝部長の私用機だというこの巨艦にも同様の操縦システムが使われているのは、不自然だった。
(ま、んなことより)
答えの出ない問答より、目の前の課題を片付ける。それが、リエリーの主義だ。
自分とアキラを艦橋へ通すなり立ち去ったピケットは、「六日後に試験飛行しますっ。それまでに飛ばせるようにしておいてくださいっ」とだけ言い残していた。
「つーか、完成してんのか、これ? あっちこっちで作業してね?」「してないでしょ。プロトタイプなんだし、なにが完成かなんて、ピケピケだってわかんないんじゃない」
「は~?! んじゃなんだ、アタイらは、飛べんのかどうかもわかんねェ船のお守りさせられてんのか!?」
「飛ぶよ」「なんで言いきれんだよ」
「ハリハリが飛ばせって言ったから。飛ばない船を飛ばせってハリハリは言わない」
「そりゃあ、ネクサスマスターは有言実行だけどよ……」
片手で持った分厚い紙のマニュアルをバタバタ振りながら、アキラが唸る。ピケットが言うには、二部しか存在しないという極秘の説明書だ。読み手への配慮など欠片も感じられないそれは、ルヴリエイト手製のハンバーグより厚く重い。
二人で読むようにと言われていたが、手渡される前から重量感を察したリエリーは、すぐさまアキラに押し付けておいた。
「ハリハリは、意味のないことはぜったい指示しない。だから、これも意味があるんだよ。……なに」
「いや、おまえって意外と忠実だよな~って」
「筋がとおってて納得できるってだけ」
「ふ~ん。じゃさ、なんでアタイなんだよ。おまえの腕はみ~んな知ってる。けど、なんでネクサスマスターはアタイなんかにこんな極秘任務を命じたんだ? いくらアタイでも、こいつがヤベえ代物だってことくらいわかる」
「知らない。ハリハリに訊いたら」
「おいおい、おまえな……」
「あと、
「あん?」
「ハリハリはアキラ
「……これだからな。ったく、やれやれ」
予想外の呆れ声が返り、リエリーは腕組みを解いて横を見やる。
が、「こっち見てねエで集中してな」と、マニュアルで遮られてしまった。
「うん、それしかないよね」
「そうだ。おまえはそのヘンテコなコックピットとにらめっこしてりゃあいいんだ――?!」
「――システム起動」
短く息を吐き、真正面を見据えて声に出す。
思った通り、単純明快なそのコマンドを聞き取った船が、操縦席に光を入れる。
「お、おまえなにしてんだよ!?」
「操縦システムを起動したけど」
「起動したけど――じゃねエわ! どうすんだよこれ?!」
マニュアルを手から落とし、わたわたと騒ぐドレッドヘアに、リエリーはこう言った。
「予行演習。――飛ぶまえの」