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Specter's Effects

『――こちら、チーム〈BTバーニング・タルト〉のルジア・セメノフです。対象ターゲット、〈ドレスコード〉完了しましたわ!』

「レンジャーネクサス、了解。お疲れ、レンジャー・セメノフ。〈コア・エモ〉嫌悪ロゥシンガの反転感情波減少を確認。同行チーム〈ゼリー・フォールJF〉、二重確認ダブルチェック願います」

『くっそっ! さき越された! ……失礼。司令室、〈JF〉リーダー・ジモバ、レンジャー・セメノフの〈ドレスコード〉を確認した。生体反応バイタル安定、これより負傷者3名をセンターへ搬送する』

『ククッ! 律儀に階段をつかうからですよ、チーム〈JF〉!』


 カシーゴ威療士枝部レンジャーネクサス、中央司令室。そのメインモニター越しに伝えられた、不易な勝ち鬨。

 チーフオペレーター代理を努める旧友の視線を感じるより早く、ジョン・ハリス枝部長ネクサスマスターは、戒める言葉を張り上げていた。


「レンジャー諸君、ご苦労だった。君たちは犠牲者ゼロの立役者だ。意見なら、傍観しているだけの僕に言ってくれ」

『……これは言い過ぎてしまいましたね。失敬! チーム〈JF〉、ナイスアシストでしたよ』

『そっちもな。窓から突っこんでなきゃ、ギリギリだった』


 現場の威療士レンジャーたちが健闘を称え合う姿を確認し、ハリスは心中で胸をなで下ろしながらクラレッドに頷きかける。

 と、コンソールを着用した左腕――ではなく、制服のポケットから振動を感じ取り、ハリスは頬をピクリとさせた。

 そこに入っている端末は、いわゆる私用機で、司令室に立っている最中でも通知を許可している通信は限られていた。

 幸い、旧式の液晶に表示されたのは凶報の文字列ではなかった。


(……さすがだよ。ここまで早くなんて、期待以上だ)


 誰にも聞こえない喜びの声を噛み締めながら、ハリスは再び救命活動の指揮へと、意識を集中させていった。


 †   †   †


 ――同刻。

 ――北米合州国ザ・ステイトより遙か西に位置する、極東の地・日本。

 ――その首都・西京都湾某所にて。


「……生命活動の停止を確認っと。任務完了っと。さあてと。帰ってメシにすっかと――っ?!」


 が尋常ではないと感じたのは、ソロ威療士ならではの鋭い感覚からなのか。

 あるいは、単独ソロゆえの任務で慣れきった、涙幽者の脈打つ心臓を〈ハート・ニードル〉で刺し貫いて止める感覚と異なったからなのか。

 どちらにせよ、ソロ威療士である六谷奥土ろくや・おうどには、それを判別する時間が与えられなかった。

 目の前の光景を――事実を、威療士枝部へ報せなければならない。

 ただ一つ確かなその己の使命を遂行するためだけに、奥土の体は全てのエネルギーを費やしていた。


「――滅ベ、エイユウノ仔」


 よって、唐突に一体の涙幽者が振りかざした鋭利なカギ爪を躱す猶予も、奥土には残されてはいなかった。

 そうして、通りにを屠った涙幽者は、現われた時と同じように、海辺の夜闇へと溶け込んで消え失せる。


「――――」


 死の淵から蘇った涙幽者は、己が身に起きたの理由を知る由もない。

 当然、忽然と姿を消した涙幽者のことも、同胞ゆえに存在すら感じ取ることはなかった。

 涙幽者はただ、涙幽者としての衝動に従い、滂沱の白泪を流しながら眼前に横たわる肉塊を貪る。

 その血に濡れた禍々しい牙が、かろうじて原型を留めていたコンソールに触れた。

 命を賭して奥土が結んだ、映像送信のコマンド。

 その完了を待たずして、弱々しい光の残滓を投げ掛けていたホログラムが、完全に消え去った。

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