目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ささいな好奇心

「……おっかしい。これでいいはずなんだけど」

「アタイはホッとしたけどな」


 巨大飛行救命空母〈ジョン・K・ハリス〉の艦橋ブリッジ

 その立位式全方位操縦席に仁王立ちしていたリエリーが首をひねった。片や、一段、高くなっている操縦席の横では、ドレッドヘアがトレードマークの威療士レンジャーアキラ・レスカが長い息を吐いたところだった。

 カシーゴ威療士枝部レンジャーネクサス、その整備長たるピケットから『いつでも飛ばせるようにしておく』ようにと、無理難題な任を与えられてから約一時間あまり。

 半ば冗談か、嫌がらせの類いかと勘ぐりたくなる指示だったが、目の前のこの最年少威療助手レジデントは、それをあっさりやってのけた。少なくとも、アキラにはそう見えた。


(これで飛んだらオオゴトだよ)


 本人リエリー的には艦の起動だけでなく、までしておきたかったらしい。だからシステム起動後、見ているほうが肝を冷やすような手際でホログラムを操作していたのだが、十数分が経過した今に至るまで、巨艦は微動だにしていなかった。

 この方面では素人同然のアキラでもわかるエラーの音が、艦橋に立て続けに鳴り響いていた。


「船のシステムはオールグリーンなんだけど、肝心のメインエンジンがアイドリングから移行しない。おかしくない?」

「おまえの言葉の半分もアタイにゃわからねェよ、レジデント」

「なんか船に拒否されてる気分で嫌」

「起動したんじゃねェか。それでいいだろ? ピケット整備長も『飛ばせ』とは言ってねエぜ?」

「ピケピケはどうでもいい。あたしが気にいらない」

「しれっと、すっげェヤバいこと言ったよな!?」


 アキラの突っ込みに返る反応はなく、ダークブラウンのショートポニーテールは相変わらず、ブツブツと何か言いながら腕組みして動かなかった。


(切りあげさせるべきなんか……?)


 自分がすべきことを考えていると、嫌でも先刻のリエリーの言葉が思考をよぎった。


 ――じゃない。ハリハリはアキラ指名したんだよ。


 あのリエリーのことだ。

 言葉以上の意味がないことくらい、わかる。――それでも。


(……アタイにもまだチャンスがあるんだな)


 先日の涙幽者スペクターによる急襲と、チームクルーたちの負傷。

 そのショックと無力感から、自棄になっていた。

 だから枝部長ネクサスマスターの“提案”を――襲撃事件の捜査を引き受けた。そのことは悔いていないし、涙幽者への怒りが消えたわけでもない。

 ただ、ほんの少しだけ、周りを見る余裕を取り戻せた気がした。

 その立役者が、この威療助手だというのは少し癪ではあったが。


(ネクサスマスターは、アタイにリエリーの“ブレーキ”を期待してるんだろな。こいつ、すぐ突っ走るし突っかかるし)


 そう推測すると、これ以上リエリーが艦をどうにかしようとする前に宥めるのが、自分の役割に思えてくる。


「なあ、レジデント。そんくらいにしとこうぜ? 他のレンジャーたちが帰還してくるころだろ。アタイらもピケット整備長を手伝おうぜ?」

「ん。わぁった」

「……熱でもあるんじゃねェよな?」

「なにそれ。アキラがいこうって言ったんじゃん」

「そりゃあどうだけどよ……」

「あ。そだ。ラストチャレンジ。こっちきて」


 操縦席から降りかけたリエリーに手招きされ、アキラは目を瞬かせていた。要件を言うつもりはないらしく、仕方なく操縦席へ足を踏み入れる。


「アタイにどうしろって? 言っとくけどよ、おまえみたいにゃしないからな?」

「わぁってるって。ここに立って、目を閉じて」

「はあ? で何すんだ?」

「船の“声”が聞こえてくるはずだよ。なんて言ってる?」

「“声”って……。おまえな、みんながみんな、そういう才能もってるんじゃなねェんだ――」


 リエリーから感覚的な話をされ、アキラはため息を吐きかける。この天才操縦者は、自分をかいかぶりすぎだ。


 ――滅ボセ。


「――っ?!」


 刹那、脳内をおぞましい響きが満たしていた。

 それは声というより、意識に直接語り掛けてくるような、ぞっとする感覚だった。


 ――ヒトノ仔ヨ。我ラノ無念ヲ知ル者ヨ。咎人タルハ、エイユウノ仔ナリ。


「ぐっあッ!!」

「アキラ?!」


 脳内へ、怒濤の如く流れ込んでくるイメージ。

 それは、過去だった。

 それは、現在だった。

 それは、未来だった。

 それは、己の意からでなく変質させられてしまった者たちの、歎きと怒りだった。


「ニードル、を――」

【警告。ネクサス内に反転感情検知。〈コア・エモ〉判別不可……】


 アキラ・レスカとしての意識が、これから起こり得ることを予期して警告を発する。

 が、その言葉は、途中から獣の咆哮に変質していた。


「――――」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?