「……おっかしい。これでいいはずなんだけど」
「アタイはホッとしたけどな」
巨大飛行救命空母〈ジョン・K・ハリス〉の
その立位式全方位操縦席に仁王立ちしていたリエリーが首をひねった。片や、一段、高くなっている操縦席の横では、ドレッドヘアがトレードマークの
カシーゴ
半ば冗談か、嫌がらせの類いかと勘ぐりたくなる指示だったが、目の前のこの最年少
(これで飛んだらオオゴトだよ)
この方面では素人同然のアキラでもわかるエラーの音が、艦橋に立て続けに鳴り響いていた。
「船のシステムはオールグリーンなんだけど、肝心のメインエンジンがアイドリングから移行しない。おかしくない?」
「おまえの言葉の半分もアタイにゃわからねェよ、レジデント」
「なんか船に拒否されてる気分で嫌」
「起動したんじゃねェか。それでいいだろ? ピケット整備長も『飛ばせ』とは言ってねエぜ?」
「ピケピケはどうでもいい。あたしが気にいらない」
「しれっと、すっげェヤバいこと言ったよな!?」
アキラの突っ込みに返る反応はなく、ダークブラウンのショートポニーテールは相変わらず、ブツブツと何か言いながら腕組みして動かなかった。
(切りあげさせるべきなんか……?)
自分がすべきことを考えていると、嫌でも先刻のリエリーの言葉が思考をよぎった。
――
あのリエリーのことだ。
言葉以上の意味がないことくらい、わかる。――それでも。
(……アタイにもまだチャンスがあるんだな)
先日の
そのショックと無力感から、自棄になっていた。
だから
ただ、ほんの少しだけ、周りを見る余裕を取り戻せた気がした。
その立役者が、この威療助手だというのは少し癪ではあったが。
(ネクサスマスターは、アタイにリエリーの“ブレーキ”を期待してるんだろな。こいつ、すぐ突っ走るし突っかかるし)
そう推測すると、これ以上リエリーが艦をどうにかしようとする前に宥めるのが、自分の役割に思えてくる。
「なあ、レジデント。そんくらいにしとこうぜ? 他のレンジャーたちが帰還してくるころだろ。アタイらもピケット整備長を手伝おうぜ?」
「ん。わぁった」
「……熱でもあるんじゃねェよな?」
「なにそれ。アキラがいこうって言ったんじゃん」
「そりゃあどうだけどよ……」
「あ。そだ。ラストチャレンジ。こっちきて」
操縦席から降りかけたリエリーに手招きされ、アキラは目を瞬かせていた。要件を言うつもりはないらしく、仕方なく操縦席へ足を踏み入れる。
「アタイにどうしろって? 言っとくけどよ、おまえみたいにゃしないからな?」
「わぁってるって。ここに立って、目を閉じて」
「はあ? で何すんだ?」
「船の“声”が聞こえてくるはずだよ。なんて言ってる?」
「“声”って……。おまえな、みんながみんな、そういう才能もってるんじゃなねェんだ――」
リエリーから感覚的な話をされ、アキラはため息を吐きかける。この天才操縦者は、自分をかいかぶりすぎだ。
――滅ボセ。
「――っ?!」
刹那、脳内をおぞましい響きが満たしていた。
それは声というより、意識に直接語り掛けてくるような、ぞっとする感覚だった。
――ヒトノ仔ヨ。我ラノ無念ヲ知ル者ヨ。咎人タルハ、エイユウノ仔ナリ。
「ぐっあッ!!」
「アキラ?!」
脳内へ、怒濤の如く流れ込んでくるイメージ。
それは、過去だった。
それは、現在だった。
それは、未来だった。
それは、己の意からでなく変質させられてしまった者たちの、歎きと怒りだった。
「ニードル、を――」
【警告。ネクサス内に反転感情検知。〈コア・エモ〉判別不可……】
アキラ・レスカとしての意識が、これから起こり得ることを予期して警告を発する。
が、その言葉は、途中から獣の咆哮に変質していた。
「――――」