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レンジャーとして

「――――」

「――アキラッ!?」


 一瞬のことだった。

 思い付きでアキラを操縦席に引き込んだ。

 それは嫌がらせでも、自分の自慢でもなく、もしかしたらアキラも船を動かせるかもしれない。そう思ったからだ。

 予想通りだ、とリエリーは喜んでいた。

 巨大救命空母〈ジョン・K・ハリス〉のシステムは、アキラを受け入れている。自分と同じく、操縦ホログラムが蒼い光ホープブルーを放ち、アキラの感情と同調する。

 が、喜びも束の間、リエリーは異変を感じた。

 アキラの感情が、激しく波打っていた。

 マロカには遠く及ばないものの、リエリーも感情の“波”を感じ取れる。

 その直感のような感覚が、乱高下するアキラの感情を捉えていた。

 気質が激しいアキラではあるが、意外にも、普段の感情は凪いでいることが多かった。本人に訊いたこともあるが、『クルーたちのことを考えていると感情的にならないし、なれない』と言っていた。

 そんなアキラの感情が、荒れた海さながらに波打っていた。


(……アキラの感情!)


 激情がアキラを満たす直前、リエリーは得体の知れない悪寒を感じ、全身が粟立っていた。

 初めての感覚だった。

 まるで、ドロドロに煮立ったヘドロだ。

 それを、体に流し込まれるようだった。

 なぜそう感じたのかも、どうしてそう感じたのかも、リエリーにはさっぱりわからなかった。

 ただ、そのヘドロが船のシステムを介して、アキラへ流れ込んでいることだけは感じ取っていた。

 一秒に満たない刹那のことだったが、リエリーには操縦席のホログラムが蒼から紫紺へ染まるのが見えた。


「自分を思いだして、アキラッ! クルーのこと……ヴィキたちのことを――」

「――――」


 頬に鋭い痛みが走り、直後、胸に強烈な衝撃が入る。

 背中からコックピットの窓へ叩き付けられ、リエリーは肺の空気を吐ききっていた。

 個有能力ユニーカの発動は間に合わず、どのみち出動はさせてもらえないならと、〈ユニフォーム〉は〈ハレーラ〉に置いてきていた。

 ほとんど無理やりに、ピケットに着せられた厚手の作業服がなければ、骨の数本は持っていかれるところだった。それでも全身が悲鳴を上げ、意識が飛びかけた。

 そうして、けたたましい警報が船内に流れる中、操縦席の床と天井からが迫り出すのが見えた。


「アキラッ!!」


 自分の今の状態でユニーカは使えない。無理に撃てば、アキラを傷付けるかもしれない。

 そう直感し、リエリーは窓を蹴っていた。

 肥大化し、今や完全な涙幽者スペクターの姿に変異したアキラ。その上下から、彼女を焼き尽くさんとする超高温のレーザーが、狙いを定める。

 床をもう一度だけ蹴り、アキラの脇腹へタックルした。

 変異の苦痛で気が回らなかったのだろう。

 さほど勢いがなかったリエリーのタックルでも、一回り大きいアキラの体躯がよろめき、操縦席から倒れ込む。――代わりに、リエリーの右足が操縦席から出るのがわずかに遅れた。


「ッ――!!」


 痛みはなかった。

 ただ、

 それが意味することを強制的に頭から追い払い、リエリーは血が出るほど強く唇を噛み締め、アキラの腰に提がる〈ハート・ニードル〉だけに集中した。


「――滅ベ、エイユウノ仔」

「っ?!」


 タックルで意識がハッキリしたらしく、よろりとアキラが――硬質化した長い漆黒灰の体毛を持つドレッドヘアのスペクターが、立ち上がる。

 その目は、光沢のあるに染まっていた。スペクターの特徴であるはずの、白く濁った泪も流していない。

 何より、咆哮に代わって、確かなを発していた。


「……おまえはだれだッ! アキラを返せッ!」

「我ラハ皆ヒトノ仔。エイユウドモニ全テ奪ワレタ者」

「わけわかんないこと言うなッ! さっさとアキラを返してッ!」

「ソノ仔ヨ。父祖ドモノ罪ヲ償ウガヨイ」


 ドレッドヘアが逆立ち、白い光を帯びる。

 見たこともないユニーカだが、とてつもない威力であることくらいは想像が付く。――何せ。


(風と炎に光……。3つの混合ユニーカ?!)


 だから、発動させてはいけない。

 たとえ、友を奪うかもしれないとしても。


「ごめんアキラ……ッ!」


 かろうじてユニーカを発動し、集合させた空気の塊。

 それを〈ハート・ニードル〉へぶつけ、乾いた音と共にうつ伏せていた自分の目の前に引き寄せる。

 スペクターはユニーカに集中しているのか、雑なリエリーの行動を止める気配がなかった。

 そうしてリエリーはで立ち上がると、弾倉マガジンを引いて残量を確かめる。抜かりのないアキラらしく、その銀の容器には、対涙幽者鎮静剤トランキライザーが満タンに補充されてあった。

 注入量のダイヤルを『FULL』に合わせ、リエリーはアキラを乗っ取ったスペクターを睨み付ける。


「眠れ――ッ!!」


 微動だにしないスペクターが、ニヤリと鋭い牙を見せたような気がした。

 直後、〈ハート・ニードル〉の先端が突き刺さる寸前、例の気色悪い気配が忽然と消える。

 抱き付くように直心穿通ハートランシングしたリエリーの肩を、カギ爪が、優しく叩いていた。

 そうして、共に倒れ伏したアキラは、動かなかった。


「ああぁあああッ!!」


 その鼓動が聞こえない胸の上で、リエリーはひたすらに、ただ泣き続けた。

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