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事後処理

 その後のことは、リエリーもよく覚えていない。


 枝部ネクサス内に警報が鳴り響いていたはずだが、すぐに姿を見せたのは蒼い〈ユニフォーム〉の威療士レンジャーたちではなく、白い制服――ジョン・ハリス枝部長ネクサスマスターだった。

 周囲を見回したハリスは、ほとんど見たことのない固い表情で肩をつかむと何かを尋ね、自分が要領を得ない答えを返した記憶はあるが、内容は霧が掛かったようにぼんやりして思い出せなかった。

 ただ、「レスカ君は生きている」というハリスの言葉だけは、頭に残った。

 そうして誰かもわからない相手に肩を支えられ、とぼとぼと歩いた記憶もある。

 だが、頭の中では、苦悶の表情を浮かべたアキラと、そのアキラの心臓を貫いた感触だけが、何度も何度もループしていた。


(……あたしのせいだ。あたしが、アキラを、ころした)


 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

 椅子に腰を降ろした覚えもないまま、唐突に香ばしく甘い香りが鼻をくすぐっていた。

 それがトリガーになったらしく、急速に五感が引き戻されていき、気付けばテーブルに置かれたマグカップ、そこに並々と注がれたホットチョコレートを喉に流し込んでいた。


「あつっ!?」

「これでもぬるめにしたんだがな。貴様のチームの支援機が出したコーヒーなど、この比ではなかったぞ」


 舌を出し、火傷寸前のそこにふうふうと息を吹き掛けていたリエリーは、続いた低く通る声に、危うくマグカップを落としそうになった。

 あまりに意外なその人物は、痩せ型ながら筋肉質な背を向けたまま、白い湯気が立つタンブラーに口を付けていた。


「……ブロン、ト?」

「渾名もたいがいだが、儂を呼び捨てるのもほどほどにすることだ、レジデント・セオーク。特に、今の貴様の立場ならばなおのことだ」


 じろりと、突き出た双眸が見下ろしてくる。限りなく白に近い角刈りに、対照的な浅黒い肌。

 威療士でありながら、その制服は蒼ではなく、混じり気のない漆黒。絶対的中立を宣言する監査部のトップであり、ハリスに次ぐ枝部のナンバーツー、ハルゲイサ・ブロント副枝部長ヴァイス・ネクサスマスターの痩身が目の前にあった。


「なんでブロント……ヴァイスマスターがいるの」

「フンッ、貴様と言えど懲りたと見える」

「……は?」

「こっちの話だ。心配いらん。貴様が拒否しても説明してやる。それを飲んだらな。途中で倒れられては困る」


 倒れる、という言葉を聞いたとたん、先刻の光景が一気に頭を満たした。

 椅子を蹴って立ち上がり、だが


「……っ! アキラ、は!? アキラはどうなったわけ!? ちゃんと?!」

「アキラ・レスカは現在手術中だ。追って報告がある。貴様はまず、自分の心配をしたらどうだ」

「こんくらい、アキラに比べたら……サンキュ」


 床へうつ伏せにならずに済んだのは、浅黒い腕が支えてくれたからだった。

 その腕にしがみつきつつ、片足で踵を返す。倒れた椅子へ手を伸ばしたブロントを引き止め、リエリーは自分で椅子を置き直すと、ドカッと腰を降ろした。

 そうしておそるおそる上げた右足。

 その脛から下が、きれいさっぱり消えていた。

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