「――答えろ。ネクサス内にスペクター、あるいはその兆候がある者を、貴様が招き入れたのか?」
カシーゴ
その鷹にも似た鋭い眼光を受け、リエリーは一つ、瞬きを返していた。
「……なにそれ?
「もう一度だけ尋ねる、レジデント・リエリー・セオーク。貴様は、このカシーゴ・レンジャーネクサス内に、平均値を超す反転感情係数の表現者、すなわちスペクターに準ずる者の入構を許可したか?」
「してない。あたしは、0743に正面ゲートを通った。その63秒前に最初の〈コア・エモ〉チェック。0745にインゲート通過。知ってるとおもうけど」
顎を上げた即答を受けてなお、ブロントは微動だにしなかった。
(証拠をとりたいってわけ)
わざわざブロントが問い直した理由は、そこなのだろう。
用意周到な彼のことだ。今、自分が申告したことくらい、全て頭に入っているのは間違いない。何より、こんなまどろっこしいやり方は、あの副枝部長が最も嫌いなはずだった。
その上で、さらに訊いてくるということは、リエリー自身の口に喋らせたいからなのだろう。
どうであれ、気分がよいものではないが。
「次の質問だ。貴様は、アキラ・レスカと親しいな?」
「なんでアキラが出てくんの――」
「――答えになっていない。貴様とアキラ・レスカは、どういう関係だ」
「……同僚」
「0923以降、アキラ・レスカおよび貴様には
「ないけど、Cドックって――」
「――儂が
訂正しようとし、さりげなく、だが語気を強めたブロントが強調する。
意図は理解した。が、理由がわからない。
(あの船、Cドック真下のサブドックだったじゃん。なに、サブドックってアウトなわけ?)
「……船のシステムをいじってた」
「以降は慎め、レジデント・セオーク。自チームでもない救助艇のシステムに触れるなんぞ、苦情ものだ」
「わぁった」
「フンッ。ならば最後の質問だ。スペクター化前、最後にアキラ・レスカと接触したのは貴様だな。当人に異変はなかったか?」
「異変って?」
「スペクター化の予兆だ。怒り、哀しみ、喜び。感情の昂ぶりだ。貴様、そういった類いに敏感ではなかったのか?」
(……これ、もしかしてアキラのため?)
嘲りにも似たブロントの問いかけが、逆に不自然だった。
リエリーが知る副枝部長は、『いけ好かないタイプ』ではあるが、決して『嫌な人間』ではないはずだった。
ルヴリエイトは普段からたいそう嫌っているものの、リエリーからしてみれば、ブロントのような人間がいるからこそ、枝部が安定できているのだ。枝部長のカリスマだけで、個性豊かな威療士たちを束ねられる訳がない。
だからこそ、会いたくはないが、ブロントは信じられる。
平気で相手を嘲るような人間なら、絶対に信じられない。
「敏感じゃないよ。得意ってだけ。“
「ならば簡単だろう? 貴様は、アキラ・レスカの予兆を感じ取っていたのではないか?」
「ざんねん。これっぽっちも。アキラは、いつものアキラだったよ」
肩をすくめ、首を振ってみせる。
そんな大げさにも思える否定に、だがブロントは表情を一切、変えなかった。
「質問は以上だ。じきにドクターが来る。それまでここで待て」
「ねえ、ヴァイスマスター」
「何だ」
「アキラはどうなるわけ? アキラは〈コア・エモ〉なんかぜんぜん……」
「アキラ・レスカが心配ならば、そのことを口にはしないことだ。
「なにそれ。答えになってないし!」
「知りたければ知恵を付けることだ、リエリー・セオーク。この世界は、実力のみで渡れるほど単純にはできていない。真に相手を守りたいならば、賢くあれ。どのような手を尽くしてでもな」
振り返ることなく、痩身が踵を返す。
その黒い〈ユニフォーム〉の背で羽ばたく