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誘導しない尋問

「――答えろ。ネクサス内にスペクター、あるいはその兆候がある者を、貴様が招き入れたのか?」


 カシーゴ威療士枝部レンジャーネクサスの監査部長であり、副枝部長ヴァイスマスターでもあるハルゲイサ・ブロント。痩身ながら、無駄の一切を省いた体躯が黒い〈ユニフォーム〉を纏い、腕を組んで見下ろしてくる。

 その鷹にも似た鋭い眼光を受け、リエリーは一つ、瞬きを返していた。


「……なにそれ? ここネクサスの周り、“腹ぺこレベネス”避けばっかじゃん。テンション高いだけでアラーム鳴るし」

「もう一度だけ尋ねる、レジデント・リエリー・セオーク。貴様は、このカシーゴ・レンジャーネクサス内に、平均値を超す反転感情係数の表現者、すなわちスペクターに準ずる者の入構を許可したか?」

「してない。あたしは、0743に正面ゲートを通った。その63秒前に最初の〈コア・エモ〉チェック。0745にインゲート通過。知ってるとおもうけど」


 顎を上げた即答を受けてなお、ブロントは微動だにしなかった。


(証拠をとりたいってわけ)


 わざわざブロントが問い直した理由は、そこなのだろう。

 用意周到な彼のことだ。今、自分が申告したことくらい、全て頭に入っているのは間違いない。何より、こんなまどろっこしいやり方は、あの副枝部長が最も嫌いなはずだった。

 その上で、さらに訊いてくるということは、リエリー自身の口に喋らせたいからなのだろう。威士会エアーが出てくる以上、いわゆる手続きとやらを踏む必要があるのかもしれない。

 どうであれ、気分がよいものではないが。


「次の質問だ。貴様は、アキラ・レスカと親しいな?」

「なんでアキラが出てくんの――」

「――答えになっていない。貴様とアキラ・レスカは、どういう関係だ」

「……同僚」

「0923以降、アキラ・レスカおよび貴様にはCにおいて機材の点検整備を指示した。カシーゴ・レンジャーネクサス整備部長アーネスト・ピケットは証言しているが、相違ないか?」

「ないけど、Cドックって――」

「――儂がCに到着する0516までの約6時間、指示に従ってアキラ・レスカと救助艇の整備をおこなっていたのか?」


 訂正しようとし、さりげなく、だが語気を強めたブロントが強調する。

 意図は理解した。が、理由がわからない。


(あの船、Cドック真下のサブドックだったじゃん。なに、サブドックってアウトなわけ?)


「……船のシステムをいじってた」

「以降は慎め、レジデント・セオーク。自チームでもない救助艇のシステムに触れるなんぞ、苦情ものだ」

「わぁった」

「フンッ。ならば最後の質問だ。スペクター化前、最後にアキラ・レスカと接触したのは貴様だな。当人に異変はなかったか?」

「異変って?」

「スペクター化の予兆だ。怒り、哀しみ、喜び。感情の昂ぶりだ。貴様、そういった類いに敏感ではなかったのか?」

(……これ、もしかしてアキラのため?)


 嘲りにも似たブロントの問いかけが、逆に不自然だった。

 リエリーが知る副枝部長は、『いけ好かないタイプ』ではあるが、決して『嫌な人間』ではないはずだった。

 ルヴリエイトは普段からたいそう嫌っているものの、リエリーからしてみれば、ブロントのような人間がいるからこそ、枝部が安定できているのだ。枝部長のカリスマだけで、個性豊かな威療士たちを束ねられる訳がない。

 だからこそ、会いたくはないが、ブロントは信じられる。

 平気で相手を嘲るような人間なら、絶対に信じられない。


「敏感じゃないよ。得意ってだけ。“腹ぺこレベネス”……スペクターしそうなら、なおさら」

「ならば簡単だろう? 貴様は、アキラ・レスカの予兆を感じ取っていたのではないか?」

「ざんねん。これっぽっちも。アキラは、いつものアキラだったよ」


 肩をすくめ、首を振ってみせる。

 そんな大げさにも思える否定に、だがブロントは表情を一切、変えなかった。


「質問は以上だ。じきにドクターが来る。それまでここで待て」

「ねえ、ヴァイスマスター」

「何だ」

「アキラはどうなるわけ? アキラは〈コア・エモ〉なんかぜんぜん……」

「アキラ・レスカが心配ならば、そのことを口にはしないことだ。。貴様にはまだ早い」

「なにそれ。答えになってないし!」

「知りたければ知恵を付けることだ、リエリー・セオーク。この世界は、実力のみで渡れるほど単純にはできていない。真に相手を守りたいならば、賢くあれ。どのような手を尽くしてでもな」


 振り返ることなく、痩身が踵を返す。

 その黒い〈ユニフォーム〉の背で羽ばたく二対の翼ダブルウィングを、リエリーは見えなくなるまで、ただ見つめていた。

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