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Intermission II.シスウス連邦・首都アヴェゲン 〈グランド・ネクサス〉 世界威療士会会長室

『――ではドクター・ローゼンバーガー。貴殿の見立てに依るならば、そのアキラ・レスカという名のレンジャーが、此度のを惹起した。此の理解で相違ないかな?』

「ええ、さようで」


 慇懃に頭を下げた後で、初めてローゼンバーガーは、いつしかそれが習慣になっていたことに思い至った。

 ここは、名高い〈グランド・ネクサス〉の、その頂点に登り詰めた者だけが座する、由緒正しい部屋である。

 にもかかわらず、その“玉座”の背後、威療士レンジャーの祖とされる古代の英雄の肖像画の裏から通じる小部屋に立っている今の自分は、磨き上げられた大鏡――正確には、通信相手の言葉がリアルタイムに刻まれた通信端末を相手に、無意識的に頭を垂らしていた。

 一点の曇りもない大鏡に映し出された、引きつった笑みを浮かべた初老の男。

 輝かしい経歴を積み重ね、名声と富を思うがままにしてきたドクター・サリウス・ローゼンバーガーの成れの果てが、そこにはあった。


(これが、栄えある威士会エアーの頂に与えられただというのか……っ!)


 このルカリシアの各地で、今も命を救うべく己の命を賭けているであろう数多の威療士。

 希望の象徴たる彼らを束ね、時に律する権限をも与えられた、会長という最高の栄誉。

 幾多のライバルがこの座を巡り手練手管を尽くす中、ローゼンバーガーは自身の業績のみで白羽の矢が立ったものであると自負していた。

 実際、名うての脳神経外科医として文字通り、己の腕一本で現在の地位まで辿り着いた。無数の同輩があの手この手で自分を引きずり下ろそうとしながら、結果的に叶わなかった最大の理由こそが、己の技量の高さからだった。

 いつ何時も患者を最優先に考え、他の医師が匙を投げる不可能と呼ばれた施術を、数多く可能にしてきた。

 分野こそ違えど、『命を救う』という点で、ローゼンバーガーは威療士を同志のように感じてきた。自身に誇りを持つと同じほど威療士を尊敬し、可能な限り、彼らの立場に立ってきた自負もある。

 であるからこそ、世界威療士会会長という職務への推薦を耳にした時は、純粋に嬉しかった。

 これで、さらに同志たちを支えてやることができる。

 自分の旗のもとで、あの蒼い〈ユニフォーム〉が世界を駆けていくのだ。

 そう歓喜したローゼンバーガーを待っていたのが、この通信室で日々、指示を受けるという日常だった。


『しかしだ、ドクター。われわれの資料に依れば、アキラ・レスカは実に有能なレンジャーであったと聞く』

「畏れながら、評議員の皆様。統合データベース〈ミーミル〉の評価は、画一的な側面を持ちますゆえ」

『では、ドクターの意見は異なるというのかね』

「ええ、さようで」


 またしても頭を下げかけ、ローゼンバーガーはギリッと奥歯を噛んだ。

 この部屋にカメラは設置されていない。

 あらゆる電子機器が動作しない特殊仕様の通信室だが、眼前の大鏡、その両サイドに控えめに突き出たマイクだけは別だ。そして、このマイクと“表示盤”のみが、情報のやり取りに使用される。

 初日の通信でそう告げられたものの、その相手を――相手が持つ力を考えれば、謙る以外の手段をローゼンバーガーは考え付かなかった。


『興味深い。われわれの先代以前から存在するかの資料は、当代技術の粋を結集し改良を重ねてきた。その分析を、ドクターは否と申す。是非とも聞かせてほしい』


 暗に圧を掛けてきた、“表示盤”へ刻まれた黄金色の文字列。

 その託宣に等しい金言が、ローゼンバーガーの回答を急かすように黄金の反射を返していた。


「……確かに、チームリーダーとしてのアキラ・レスカは、統率力に長けた才覚を有しておりました。社会的意思疎通能力に乏しいとされた若いレジデントを率先して受け容れながら、救命活動現場においては、個々の得手不得手を熟知した指示を的確に下すことで効率化された救命活動を実現した」

『しかしなんだね?』

「しかし、アキラ・レスカ自身は、若く感情面の起伏が激しい子どもに過ぎません。事実、稀なスペクタータイプに対処できず、クルーが致命傷を負ったケースでは、撤退指示すらおぼつかなかった。あの場に偶然、ソロレンジャーが居合わせていなければ、アキラ・レスカも殉職していたでしょうな。何より、アキラ・レスカのユニーカは、支援型。スペクターを相手にするレンジャーとして、あまりに心許ない」

『その無力ゆえ、アキラ・レスカは変異を遂げたというのかね?』

「ユニーカのみではありますまい。あの者のスペクター化には、第三者の存在が大きく関与していると私は推測しております」


 つい先刻、報告を受けた情報だった。

 通信相手の情報網を考えれば、自分よりも早く情報が伝わっているのだろうが。


『初耳だ。第三者とは、誰のことかね?』

「……」


 思わず、言葉に詰まってしまった。

 この通信相手よりも――かの〈評議会〉よりも、自分のほうが早く情報を

 それが意味する恐ろしさに、大鏡に映る自身の額を汗が滴った。


『ドクター。われわれはこの件に強い関心がある。迅速な情報提供を要請したい』

「……し、失礼いたしました」


 わずかばかり鋭く反射光を返した黄金の文字列に、ローゼンバーガーは自然と早口になる。

 もはや、下僕という以外の表現が見つからない自身の姿を気に留める余裕もないまま、世界威療士会会長は、己の推論を一息に捲し立てた。


「第三者とは、リエリー・セオークであります。要監視対象ホワイトリストトップ、マロカ・セオークの養娘であり、――英雄の血脈に連なる者であります」

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