「――そういう訳で貴様の処分は保留になっている、ハリス。今のところはな」
「せめてフルネームくらい、呼んでほしいものだけどね、ブロント・ヴァイスマスター?」
「フンッ。処分保留の者が、よく言えたものだ」
そうしたまま部屋を出ていかないということは、用件が済んでいないということになる。
(生真面目さは変わらない、か。それとも僕のほうが変わったのかな)
おおよその見当は付いていた。
さまざまな意味で薄氷を踏むような“尋問”を終わらせ、その足でこの部屋を訪れたのだろう。
そうして、報告という名の警告を一通り浴びせ終えたブロントが求めるものなど、限られていた。
「僕は辞めると決めたんだ。止めても無駄だよ。誰かがこの責任を取る必要がある。そして僕がいなくなれば、
「それで貴様は高飛びか? 言っておくが、あの船は没収だ。辞任したところで返さんぞ」
「残念だよ。
「……本当に理解しているのか? 今、
「――君こそ、本当にあのハルゲイサ・ブロントなのかい? いまの僕には、へっぴり腰の
「っ……?!」
ピタリと、ブロントの動きが止まった。滅多に見せることのない、意表を突かれたときの仕草だった。
まるで、凜々しい彫刻よろしく考えあぐねている副枝部長を真っ直ぐに見据え、ハリスは背を伸ばした。
「僕がなぜ怒っているのか、わからないか? だとしたら、君には少し仕事を任せすぎたかもしれないな。貯まりに貯まった休暇を取ってほしいと言いたいところだが、あいにく、これからもっと仕事が増えるよ。何せ、ヴァイスマスターである君は、まもなくヴァイスでなくなるからな」
「……」
「君もよく知っているとおり、僕はね、彼らを――
背後に回していた手で襟元を正すと、ハリスは静かに続けた。
「君が、一番よくわかっているはずだ、ハルゲイサ・ブロント。なぜ、嫌われ者の代名詞である監査部トップの君が、僕の
言い終えてようやく、ハリスは息を止めていたことに気が付いた。
一方のブロントは一言も発さず、乱れたところを見た記憶のない、ゆっくりとしたリズミカルな呼吸を繰り返していた。
もはや慣れてきた、睡眠不足による眩暈を深呼吸で誤魔化していると、腕組みをしたままのブロントが淡々と言葉を継いだ。
「有能であることと、支えを失うことによるダメージは別物だ、
「光栄だよ。だが、
「ならば暗闇に飛び込めと命じるか? よもや耐え忍べ、などとほざくつもりはないだろうな?」
「ないよ。だが、そもそも、象徴なんてものに頼らないでほしいね」
「儂らの“背”を否定するか?」
素早い切り返しだった。
威療士枝部長という役職には、シンボルなど不要だからだ。
枝部長こそが、その枝部のシンボルだからだ。
「……皮肉なものだね。人々の希望の象徴であるレンジャーが、自らの象徴を求めるなんて」
「レンジャーも人間だ。光なくして、光たりえんからな」
「英雄コルインの言葉かい? 彼の末路を思えば、まさに皮肉そのものじゃないか」
「――ジョナサン」
肩をすくめてみせたハリスを、ブロントが
その名前で呼ぶ者は彼以外におらず、そしてそれは決まって、大切なことを伝えるときだった。
「今度は改まって何だい。別にいますぐ辞める訳じゃないんだよ? 見送りのハグなら――」
「――何故だ。何故、ファイルを持ち出した? ……否、