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母と娘の考え

「――感染も壊死も見られん。こりゃあ、またようスパッと切れたもんじゃな」

「……こほん」


 診察台に載せたリエリーの右足を、しげしげと眺めていた白衣がこぼした感嘆の声に、傍で落ち着かなさそうにふわふわと宙に浮いていたルヴリエイトが、咳払いで抗議の意図を示す。

 普段、何かしらの絵文字を表示させている乳白色の正十二面体の筐体は今、至極シンプルな三本線無表情を映しているだけだった。


(ルー、めっちゃ怒ってるし)


 診察台で半座位になっていたリエリーは、チームの随行支援機RAIであり、養母でもあるルヴリエイトの“本気”をヒシヒシと察して、思わず身じろぎした。

 先刻、副枝部長ブロントの“尋問”が終わり、考えごとに耽っていたリエリーは、残像を描かんばかりの勢いで部屋へ飛び込んできたルヴリエイトの無言の抱擁に、目を瞬かせてしまった。

 二本のマニピュレータで強く、だが優しく抱き締めてきたルヴリエイトは、数回しか見た覚えがない、絵文字のない筐体をリエリーの体から離すと、そのカーボンナノファイバーの指先で頬をそっと撫でていた。

 そうしてリエリーが口を開きかけたときには、目の前の、背が低い禿頭の老医師が部屋を覗いていた。

 だからまだ、ルヴリエイトとは一言も話せていない。

 そのことがまた、リエリーを落ち着かなくさせていた。


「おっと。すまんのう。ミズ・ルヴリエイト。足のことは全くもって残念じゃよ」

「ワタシではなく、この子に言ってあげてください、ドクター・ミナミザト」

「だいじょぶ。あたしなら、へいきだから」

「強い子じゃな。じゃが、そう心配せずともよいぞ? この断面であれば、神経接続が可能じゃ。ネクサスの義肢を装着すれば、これまでどおり、歩くことも痛みを感じることもできるじゃろうて――」

「――この子は足を失ったのよ! ほかに言うことはないの?」

「る、ルー。あたしはだいじょぶだって――」

「――いいえ、リエリー・セオーク。これは、大丈夫かどうかの話ではありませんっ。アナタは救助艇の整備中に足を失ったんでしょう? 救命活動ならまだしも、なぜ整備でこんな大ごとが起きたの? ブロントは『直ちに来るように』しか言わなかったし、来てみればだれもエリーちゃんのこと知らないし、チーフもジョンも不在! ワタシがシステムに割りこまなかったら、ここにいることだってわからなかったのよ? 挙げ句、ドクターは断面だの義足だの! もぅいいわ! カーラに診てもらいましょ。エリーちゃん、ワタシにつかまって」


 息継ぎせず、一気にまくし立てたルヴリエイトが、マニピュレータを伸ばしてくる。

 そんなルヴリエイトに、リエリーは無意識に「ちょっとまってってば!」と、声を大にしていた。


「……エリーちゃん?」

「そんなに怒んないでよ! ルーが心配なのはわかるけど、あたし、生きてるから! いますぐ死にそうでも“腹ぺこレベネス”になりそうでも――」

「――いい加減にしなさいっ!」


 ペシッと、軽い音が耳元で聞こえ、束ねたルヴリエイトの指に頬を打たれたことに遅れて気が付いた。


「怒らないで、ですって? リエリー、アナタ自分がなにを言ってるのか、わかってるの? 自分の体を……命をなんだと思ってるの! アナタたちを見送るたび、ワタシがどんな気持ちでいるか、考えたことある?」

「それがレンジャーだよ!」

「だったらレンジャーなんて辞めなさいっ! アナタ失うくらいなら、家に閉じこめておくわ!」

「……あたしまでって。それ、どういう意味? ロカのこと? ロカになんかあったの?!」

「なにもないわよっ! センターでピンピンしてるんじゃないの!」

「じゃなんでそんな怒ってんの!」

「怒って当然でしょ! 何年アナタのことみてきたと思ってるの!」

「だからってこういうときだけ母親面しないでよッ!」


 ルヴリエイトが息を呑むのがわかった。

 正確には、何かリアクションがあった訳ではない。乳白色の正十二面体は、宙に浮いたままだ。ただ、そうだと、リエリーにはわかった。

 わかったところで、遅かった。


「っ……」

「ミス・リエリー、今のは少しばかり言い過ぎではないかね。ミズ・ルヴリエイトは、これまで君の傍でずっと――」

「――ごめんなさい、ドクター。すぐ戻りますから」


 くるりと向きを変えた正十二面体が、宙を滑っていく。

 両手を拳にしていたリエリーは、それを睨み付けていたが、やがてすっと顔を上げた。


「……ドック」

「何かね、ミス・リエリー」

「杖、かして」

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