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昔と今

(……いた)


 ルヴリエイトの行き先になら、自信はあった。

 そこは、カシーゴ威療士枝部レンジャーネクサスの広大な敷地の西側、今は保管庫区画となっている古い一角だ。

 11年前、カシーゴ・シティを訪れたばかりの頃に〈ハレーラ〉を駐めていた場所でもある。

 足を使うのがもどかしく、半ば無意識にユニーカを行使し、広場になっているその場所を飛び回っては、ルヴリエイトに叱られた記憶が新しい。“競争”と題してはマロカとユニーカ“合戦”し、二人揃ってルヴリエイトに絞られたものだ。

 無機質だが街を見渡せたあの広場には今、人の往来がほとんどない大小の倉庫が建ち並んでいる。枝部の成長を示すように、古く使われなくなった物品が仕舞われる寂れた一角だった。

 そんな倉庫の一つ、街が見下ろせる位置に乳白色の筐体を見つけたリエリーは、小さく深呼吸すると一直線に向かっていった。


「――ねぇ、覚えてる? エリーちゃん、アナタここからセンターへ飛ぼうとしたの」

「うん。ロカが真っ青になってた」

「ふふっ、そう。いつもはなんだかんだ、エリーちゃんの肩を持つのに、あのときばかりは必死になってたわね」

「あたしがキレて泣いて、ルーもキレてそっぽを向いて、ロカ、あたふたしてた」

「で、その夜は、彼がエリーちゃんとワタシのマニピュレータを握って朝まで放さなかったのよ。ロカったら、ほんとうにワタシたちがいなくなるんじゃないかって、あの後もしょっちゅう拗ねてたわよ?」

「なにそれ。あたし、あのあとメッチャ怒られたんだけど」

「怒られて当然ですっ。エリーちゃん、本気で飛ぶ気だったでしょ?」

「……うん。イケるっておもってた」

「ほらぁ。まったくもぅ。何がイケる、よ。当時のエリーちゃん、まだ7歳だったのよ?」

「気流さえつかんだら……痛たっ」


 つい言い返すと、マニピュレータの指が額の中心をペシッと打っていた。


「できるかどうかの話じゃありませんっ。危ないものは危ないの。もし、エンちゃんがやりたいって言ったら、エリーちゃん、アナタどうする?」

「……止める。んで、閉じこめとく」

「それはやりすぎ。でも、そういうことよ。これは理屈じゃないの」

「ルーっぽい」

「なぁにそれ? ワタシは、感情を持たない機械マシンですっ」

「わぁったって。……あと、ごめん。アタシ、言いすぎた」


 束の間、沈黙が流れ、午後の風が首筋を撫でていった。

 その静けさに落ち着かなくなって、リエリーは早口になっていた。


「ロカのこととか、アキラのこととか、アタシ、どうしたらいいか、わかんなくなって……。あたし、言いわけなんかしたくない! けど……けど……」

「言い訳じゃあないわ、エリーちゃん。それが普通よ。ロカなら大丈夫。だって、カーラがいるじゃない。エリーちゃんは失礼な態度ばかりだけれど、彼女は間違いなく、その道のトップレベルよ。アナタだって、ほんとうはわかってるんじゃあない?」

「……うん」

「ね? だからカーラに任せましょ。それでエリーちゃん、アキラって言ったけれど、レスカちゃんのこと? あの子がどうしたの? またケンカでもしたの?」

「ううん。アキラは……」


 ルヴリエイトに言うべきか、迷った。

 口の堅さを心配したからではない。その点に掛けてなら、ルヴリエイトほど機密を預けて安心な相手はいない。

 ブロントの言葉が、リエリーの思考をよぎっていた。


 ――真に相手を守りたいならば、賢くあれ。どのような手を尽くしてでもな。


 試作機の操縦席へ立つようアキラの背を押したのは、自分だ。だから、アキラが原因は、自分ある。

 他のことなら自分自身で考えて何とかするところなのだが、今回ばかりは二の足を踏んでいた。


 ――我ラハ皆ヒトノ仔。エイユウドモニ全テ奪ワレタ者。


 アキラと一体化したが、自分の頭へ直接届けてきた言葉。

 その言葉と、言葉に込められた、経験したことのない激情に、リエリーはどうしてよいのかわからなかった。


(……アキラはあたしを信じてくれた。だから、こんどはあたしをアキラを、信じる)


 自分にとっての『信じる』は、『命を賭ける』ことと同じだった。

 信じられるからこそ、命を賭けられる。

 信じているからこそ、命を賭けられる。


「……ルー。知ってたらおしえて。“英雄の仔”って、なに?」

「英雄の、仔? 初めて聞くわね。普通に考えたら英雄、つまり、大昔に活躍した伝説の人たちの子孫、ってことになるけれど……。エリーちゃん、もっと詳しく聞かせてくれないかしら」

「うん。実はね――」


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