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Secret&Coming-Out

「……そう。そんなことがあったの」

「うん、あった」


 顛末を打ち明け終えても、ルヴリエイトが笑うことはなかった。

 ただ『つらそうな顔』の絵文字を乳白色の筐体に浮かべ、静かに言葉をこぼした。


「エリーちゃんとレスカちゃんに起きたことは、よくわかったわ。でも、『英雄の仔』についてはサッパリね。ずっとリサーチを掛けてるけれど、どれもありふれたものばかり」

「そ……。ルーがわかんないなら、お手あげだね」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。ワタシだって、知らないことばかりよ? 全知の機械マシンなんていたら、とっくにこの世界を牛耳ってるわね」

「その気になったらルーもできるじゃん」

「いけませんっ。確かに、ワタシの“才覚ハッキング”をフル稼働させたら、機密データも何のそのだけれど、これは駄目」

「アキラが“腹ぺこレベネス”になって、あたしの足が吹っ飛んでも?」


 南里医師に借りた松葉杖、その先端で右足を叩いてみせる。

 すぐさま、ルヴリエイトのマニピュレータが伸びてきたが、さすがに予想していたので、両手の手のひらを掲げてみせた。


「ジョークで言っていいことと良くないことがあるわ」

「わぁったって。ごめん」

「ハァ……。いい? エリーちゃん、アナタの足、できるものならワタシのマニピュレータぜんぶと交換したいくらいよ。時間を戻せるのなら、絶対にそうするわ」

「やめて。もういいから――」

「――聞いて。レスカちゃんのこともよ。エリーちゃん、顔を見れば突っ掛かっていくけれど、アナタがレスカちゃんを慕ってるのも知ってるし、きっとレスカちゃんだって『世話の焼ける後輩』だって思ってるわ」

「……アキラなら言いそう」

「だからワタシも辛いわ。でも今は、お医者さんに任せるしかない。カーラにはメッセしておいたから、きっとあとで来てくれるわ」


 ルヴリエイトに、ブロントとの件は話していない。言えば、今ごろ怒鳴り込んでいる。

 救助艇の整備中にアキラが不思議な涙幽者スペクター化をした。そうとしか、リエリーは言わなかった。

 嘘をついているように思えて嫌だったが、もし、これがブロントが言った通りの大事おおごとならば、ルヴリエイトを巻き込みたくなかった。ルヴリエイトだけではない。マロカも、厄介ごとからは遠ざけておきたかった。

 反面、この二人に、自分が目にしたものを話したかった。特にマロカには。マロカなら、何かヒントを思い付くかもしれない。


(あたしが、リーダー代理なんだ。ロカにチームを頼まれた。だったら、あたしがなんとかしないと……。ま、アキラのこと言った時点であんまり意味ないかもだけど)


「ねぇ、エリーちゃん」


 決意を新たにしていると、『ウィンクの顔』の絵文字を浮かべたルヴリエイトに名前を呼ばれ、肩にそっとマニピュレータが置かれた。


「ん?」

「もしね、情報で命を救えるなら、エリーちゃんが止めたってワタシはその情報を探しだしてみせる。ネクサスのデータベースだろうと、エアーのだろうと、ワタシはやる。でも、彼らがレスカちゃんを元に戻す情報を持ってるとは思えないのよ。そもそも、持ってたら使わないはずがないもの。それに、レスカちゃんは、レンジャーよ。あのジョンだって黙ってないでしょう。エリーちゃんの上官、何か言ってた?」

「……ううん。てか、会ってない」


 これは嘘ではなかった。実際、ジョン・ハリス枝部長ネクサスマスターにリエリーはまだ会っていない。――その副官とは、会話したが。

「ワタシもよ。きっと今ごろ、てんてこ舞いでしょうね。してレンジャーが負傷したんですもの。ジョンにしては、連絡が遅いのもそれが理由なんだわ」

「あー……。ルー、そこなんだけどさ」

「うん? なぁに」


『笑顔』の絵文字を浮かべたルヴリエイトが、筐体を傾ける。

 これも、決して嘘をついた訳ではなかった。

 あの巨大な“船”も、救助艇には違いない。ただ、少しだけ特別なのだ。

 それをルヴリエイトに黙っているのは、直感が『危険だ』と言っていた。


(ごめんハリス。あたしもいっしょにルーに怒られてあげるから)


「その救助艇、なんだけど」

「そうよね。余所様のチームの船だものね。菓子折を準備しとかないと――」

「――ちがうんだ。ジョンの物はジョンの物なんだけど、なんていうか、秘密っていうか……」

「あら? うちのネクサスマスター、救助艇なんて持ってたのね。まぁ、あの人ならこっそり持ってたって、驚かないけれど。でも、エリーちゃんに整備を任せるってことは、よっぽど信頼されてる証じゃない。……いいえ、待ってちょうだい。それじゃあ、非公式の船ってことよね? あの人、そんなものにエリーちゃんたちを乗せたっていうの?」

「ま、まあ、ハリハリ、あたしを信じてくれたからを頼んだのとおもうけど――」

「――なんですって?! 空母の操縦?! どういうことよ!」

「あー、極秘なんだよ――」

「――もうっ! なによ、これ! 戦艦じゃなの! あの腹黒マスター、こんな危険なものにアナタたちを乗せたわけ?!」

「……そういことになる、かも」

「ちゃんと話す必要があるわね。いらっしゃい、エリーちゃん。ワタシにつかまって――」

「――僕を探してたのかい?」


 ふいに、倉庫の一角から顔を覗かせた、平均的な壮年男性。

 普段、制服姿だけあって、今のような茶のジャケットにジーパン姿は、違和感しかなかった。

 そんな枝部長に向かって、ルヴリエイトが『鼻息の荒い顔』の絵文字を差し向ける。


「ネクサスマスター、ジョン・ハリス! うちの子たちにいったい、なにをさせるつもりなのよ!」

「有望なレンジャー諸君の役に立ちたくてね。だが、これは僕の責任だ。非難でもパンチでも、甘んじて受けるさ。むしろ、ボコボコにしてくれるほうが助かる」

「なにをわけのわからないことを! カシーゴレンジャーの“顔”は、勘弁してあげるわ」

「ありがたい気遣いだが、。――僕は、もうネクサスマスターじゃないんでね」

「「……は?」」


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