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炎という希望

「……ハリハリ。ネクマスじゃないって、どういう意味?」

「文字どおりの意味だとも、リエリー君。僕は辞職したんだ。いや、正確には解雇になるかな。ともあれ、これでお互い気兼ねせずに呼び合える。改めてよろしく頼むよ」


 静かに微笑んだ、見慣れた上官の顔。

 その顔がひどく儚く見えて、リエリーは必死に言葉を探すも見つからない。

 代わりに、隣で宙に浮いていたルヴリエイトがスピーカーを開いた。


「アナタお得意の冗談……ではなさそうね。わざわざここまで来たということは、説明をしてくれると思っていいのかしら、ジョン」

「君の安定感は、実に頼もしいよ。無論だ。長居は難しいが、君たちには伝えておきたくてね」

「答えてよ! ネクマスじゃないって、どういうこと!」

「エリーちゃん。まずは聞きましょう。ね?」


 ルヴリエイトに『ウィンクの顔 』の絵文字を向けられ、そのマニピュレータがそっと背に当てられる。

 我慢するのは嫌だが、詰め寄りたい衝動だけは辛うじて堪えた。


「いつもどおり、単刀直入にいこう。――この世界は、近いうちに戦争になる」

「っ……?!」

「筋書きの一部でも手に入らないかと考えて動いたが、甘かった。おかげで自業自得だよ。よって君たちに正確な情報を伝えられず申し訳ないが、大きな争いが避けられないことは覚悟してほしい」

「……それだけではないのね?」

「ああ。まずはリエリー君。謝って済むことではないが、謝罪を受け取ってほしい。これは僕の責任だ」

「あたしは大丈夫。けど、アキラは? アキラは……」

「レスカ君の件もだ。全て、僕の責任だ。慰めでもなければ“大人の優しさ”でもない。船を動かすように命令したのは僕だ。その上で、さらに謝罪させてほしい」

「なにを……?」


 嫌な予感がした。

 ハリスが謝ること自体、珍しいというのに、続けて非を認めるのは良くないことの前触れにしか思えなかった。


。ブロントから聞いたかもしれないが、彼女の立場と身柄は極めて危ういところに行ってしまった。無論、できる手は打つが、慎重に動く必要がある。だから済まない、リエリー君。レスカ君のことを思うのであれば、彼女のことを忘れてほしい。僕には今、それしか言えないんだ」

「なんだよ、それッ! わすれろって? アキラを見捨てろって言うのかッ!」

「エリーちゃん!」


 気付けば、ルヴリエイトの制止を振り払って飛び出していた。

 不慣れな体のバランスを、個有能力ユニーカで強引にねじふせ、ハリスのジャケットにしがみついた。不格好だったが、そんなことはどうでもよかった。


「どうとでも受け取ってくれて構わない。ともかく、レスカ君が大切なら。下手に探せば、レスカ君を永遠に失うことになる。意味を理解したかい?」

「そんなの……そんなの、おかしいじゃん……ッ!」

「ああ、おかしいさ。僕も腸が煮えくりかえっているよ。だが、現実がそうなら、僕たちは現実を見なくてはいけない。レスカ君を取り戻す可能性が一番高い選択肢に、僕は賭けた。君はどうするか、君自身が決めてくれ。僕はもう上官でもなければ、節介をやくつもりもない」

「……っ」

「だが、リエリー君。これだけは約束してくれ」


 奥歯を強く噛み締めたリエリーの肩を、ハリスの手がつかんでいた。

 初めて見るかもしれないその素手は、懸命に震えを堪えているようだった。


「……なんの約束?」

「あの船のことだ。明日の朝に、威士会エアーの視察が来る。それまでに隠してほしい」

「どうかしちゃったわけ?! アキラのことをわすれろって言ったつぎには、船を隠せ? ハリハリがいないあいだ、メンテでもしとけって?」

「そうだ。あの船は今、君にしか操縦できない。来るべき時に備えなければ。物騒だが、あの船が僕たちの切り札になるからね」

「切り札って……。あんなの、どうするつもり」

「命を救うに決まっているじゃないか。僕は違うが、君はレンジャーだ。レンジャーに頼むのは、救命のことだけだ」

「あたしはまだレンジャーじゃ……」

「しっかりしろッ、リエリー・セオーク!」


 唐突に降って来た、強い声。反射的に、リエリーはハリスの顔を見上げた。

 普段、ひょうひょうとしているその顔が、真剣な色一色に染まっていた。


「自分のことをどう呼ぼうが君の自由だ。だが、は、もうよすんだ。ライセンスも、〈バッズ〉のデザインも関係ない。君は、レンジャーなんだ! 命を救うと決めた瞬間から、レンジャーなんだよ。それとも怖じ気付いたのかい? レンジャーという重責の本質を知って――」

「――こわくないッ! あたしは、どんな命も救ってみせるッ! あたしは、ぜったい、死なせはしないッ!」

「だったら証明するんだ、。どのような困難であれ、不条理であれ、打ち砕いて救ってみせるんだ。。全ての障壁を燃やし尽くし、誰もが見捨てた命さえも救う。少なくとも、僕が知るリエリ・セオークというレンジャーは、そういう人間のはずだ」

「とーぜんだよ。命を救う邪魔をするやつらは、あたしがぶっ潰す」


 顎を突き上げてみせると、ハリスの満足そうな顔があった。

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