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機母の短い嫌疑

(……希望の光は炎の光、ですって?)


 私服姿のジョン・ハリスがこぼした言葉に、離れた位置からマイクをすませていたルヴリエイトは、内部思考に疑問符を浮かべた。

 素直に受け取るなら、若者にエールを送る言葉、である。茶目ユーモア冗談ジョーク本気シリアスを絶妙に使い分けるハリスらしい、焚き付ける台詞だ。

 実際、背中しか見えないが、その言葉を掛けられた本人であるリエリーが意気揚々としているのは、明らかだった。

 だが、あいにくルヴリエイトは、そこまで素直な随行支援機ではない。


(歳は関係ないわね。ワタシ、人間じゃないもの)


 駆動年数こそ長いが、小まめなメンテナンスを欠かしてこなかったおかげで、廃棄場スクラップヤードでマロカに出会った、あの日よりも絶好調な日々が続いている。

 この疑り深さは、経験が積み重なった結果だ。


(正確には、ここカシーゴに来るまでの“逃避行”のおかげよね)


 幼いリエリーを連れ、マロカと共に各地を転々とした古い記憶。自分たちの存在を消すためならば、手段を選ばない追っ手たちとうち、『言葉を言葉通りに受け取らない』癖が身に付いてしまった。


(まぁ、どっかのネクサスマスターほどじゃないけれど)


 思考が飛躍しかけていることを自覚し、ルヴリエイトは裏で走らせていたプログラムコードの“結果”を確かめる。


(……やっぱり。どこかで聞いた気がしたわけね)


 プログラムコードの仮称は、〈ヒーローズ・マキシ〉。『英雄の名言』を意味するそのコードが返した検索結果をトリプルチェックし、ルヴリエイトは納得の意を得ていた。


(〈英雄大戦〉で“忘れられた英雄”の一人、〈煉獄の光槍〉こと、イオス・アル=セリオス。『我が炎光の灯り、暗闇を滅す』、ね。まったく、歴史マニアのジョンらしいわ)


 正直、聞いたことのない人物だった。

 かの大戦は、今より遙か2,000年以上も太古の戦だ。その戦では、数多の英雄たちが活躍とされている。一方、当時の資料がほとんど残されていないことから、史実ではないフィクションと指摘する専門家も少なくない。

 いずれにしても、日常生活で英雄の名前が登場する機会は皆無に等しく、その言葉とされる諺や慣用句が辞書に残るだけだ。

 おそらく、自機も何らかの辞典でその言葉を見聞きし、今ハリスの言葉と結び付いたのだろう。


(ジョンは、知識をひけらかす人じゃない。となると、単に引用しただけ? それとも、ほかに意味が込められているのかしら……)


 考えすぎ、という自己反省は、先から思考の片隅にあった。

 他者ならともかく、ジョン・ハリスは自分たちをカシーゴ・シティに迎え入れた当人だ。

 彼や枝部ネクサスの面々、その他多くの協力があったおかげで、自分たちは背中を気にせず日々を過ごせている。

 その恩人の言葉の裏を探るのは、ルヴリエイトとしても嫌いな思考には違いなかった。リエリーのためであっても、だ。


(……。いずれ、ジョンに聞けばいいわ)


 思考を切り上げ、数少ない『後回しリスト』に放り込む。

 そうしてルヴリエイトは、別の話題を切り出すことにした。


「ねぇ、ジョン。ネクサスマスターを解雇されたってどういうことかしら。さらっと言ったつもりでしょうけれど、ワタシのマイクは誤魔化せないわ」

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