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第44話 ターミア海水浴場

 ざっぱぁぁぁぁん。ざっぱぁぁぁぁぁぁぁああん。

 ぺったぺった、ぺったぺった。


 照りつける太陽。青い空。白い砂浜。繰り返し押し寄せる波。

 実にいい。なんか分かんないけど、夏って感じがビシバシと伝わってくる。

 いいね、海!


「ちょちょちょ!! お嬢さん、駄目だよ! 海、閉鎖してるの。ほら、見て分からない?」


 上機嫌で海に向かって砂浜を歩くわたしの前に、突如若い男性が立ちはだかった。

 一瞬、ナンパ目的のチャラいお兄ちゃんかと思ったが、そうではないようだ。

 ターミア海水浴場と印刷された黄色いTシャツ。オレンジ色のキャップに半ズボン。この浜専属のライフセーバーみたい。


 だけどこっちは、故国イーシュファルトの水泳大会で優勝したこともあるのよ? ライフセーバーなんかの手をわずらわせるような事態を起こすわけがないじゃない。馬鹿馬鹿しい。超絶美少女舐めんな。


「シュコー、シュコー(邪魔よ。どきなさい)」

「何言ってんだかさっぱり分からないけど、入れないんですってば。……人の話、聞いてます?」


 困惑顔のライフセーバーに言われて、わたしは海に目をやった。

 偏光レンズ越しの視界に、浜に長々と張られたトラロープが見える。

 言われた通り確かに人はいないけど、何が問題なのかさっぱり分からない。

 だって今は夏よ? 夏っちゃ海でしょ? 書き入れどきでしょうに閉鎖しているですって? そんな嫌がらせに屈するもんですか。


 わたしは立ちはだかるライフセーバーをガン無視して、再度、砂浜をぺったらぺったら海に向かって歩きはじめた。

 おうおう、こうして足ヒレを履いていると半魚人サハギンにでもなった気がして、テンションがアガるわね。


 まぁ聞いてよ。

 わたしは今、すぐ近所の店で入手したなんてことのない紺色の水着を着ているんだけど、これがなぜかノスタルジーを感じる秀逸なデザインをしているのよ。


 店員さんに激烈に勧められた『スクール水着』なる代物しろものなのだが、胸部分に縫い付けられた『五ー三』と書かれたゼッケン――それにどんな意味があるのかは分からないが――もどことなくエキゾチックだし、一緒に買った水玉模様の浮き輪が最高に夏らしさをかもし出している。


 これに、顔がすっぽり隠れるシュノーケリングマスクをかぶり、足元は足ヒレを履き、右手には黒光りする実用性抜群のもりを持つという店員さんおススメのファッションをそのまま取り入れたんだけど、うーん、さすがプロの見立てね。素晴らしいコーディネートだわ!!

 予算は大幅にオーバーしたけど、良い仕事にはそれなりの金額を支払わなくっちゃね。


 ところが、そんな上機嫌なわたしを通すまいと、ライフセーバーがすかさず回り込んだ。


「行っちゃ駄目ですってば!」

「シュコー、シュコー!(ちょっと、邪魔しないでよ!)」 

「人の話、聞いてます? 海は閉鎖中です! 入っちゃ駄目なんです!」

「シュコー! シュコー!!(どきなさいって言ってんの!)」

「えぇい、せめてシュノーケリングマスクを外しなさいよ、お嬢さん! 危険なんだってば!」

「だから! 何が危険なのよ!! わたしはちゃんと泳げるわ! 邪魔しないで!!」


 いい加減頭にきたわたしは、装着していたシュノーケリングマスクを砂浜に叩きつけると、ライフセーバーを睨みつけた。


「せっかくの休暇なんだから好きに泳がせてよ!!」


 わたしの顔を見たライフセーバーが息を飲む。

 そりゃそうだ。ゴーグルの下に隠れた顔が、ここまで超絶的に美しいとはなかなか想像できるものではないもんね。

 だが、そこはあちらもプロ。

 ここはお仕事が優先ということか、すぐに真剣な表情に戻る。


「魔物が出るんですってば!」

「は? 魔物ですって?」


 言った途端に、海から巨大な怪魚が飛び出してきた。

 全長五メートルはありそうな巨大怪魚が三匹、どういう物理法則か、海から出たと思ったらそのまま猛スピードで砂の中を泳いで迫ってくる。

 どうやって砂に潜っているんだろ。


「あら、本当だわ」


 目の前の海にテンションが上がりすぎて、魔物の接近に全く気づかなかった。

 さっきまでスッポリと顔を覆っていたシュノーケリングマスクのせいもあるだろうけど、油断してたなぁ。

 ……油断したからって負けるわたしじゃないけど。


「ひいぃぃぃ!」


 迫り来る怪魚が怖いのか、ライフセーバーは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

 逆三角形の立派なボディしてるくせに、情けないわね。

 仕方なく懐から愛用の短杖ワンドを抜き出そうとしたわたしの手が止まる。


「ありゃ、宿に置いてきちゃったんだ。んじゃ……」


 しょうがないので、わたしは杖の代わりに銛で宙に魔法陣を描いた。


「ジガス ディ プーギョス トゥリープルム(巨神の拳 三連撃)!」

 ズガガガガガガガガガガガァァァァアアンンン!!


 差し渡し二メートルもある毛むくじゃらの巨神の拳が足元の砂を割って現れると、迫る怪魚を下から吹っ飛ばした。

 巨大怪魚は綺麗に空高く舞い……やがて重そうな音を立てて砂浜に落下した。


 近づいて見てみると、そろって白目をいて、ピクピクと痙攣けいれんしている。


「……これ、食べられるかな?」

「よせやい」


 わたしとほぼ同じ格好――シュノーケリングマスクに浮き輪姿をした二足歩行の白猫アルが、渋い表情で首を横に振った。


 ◇◆◇◆◇


 途端にだ。 

 どこから現れたのか、わたしはあっという間にスーツ姿の男女に囲まれた。

 十人ほどの人数で、見た目は二十代から三十代。

 十人中なんと八人が眼鏡で、実に真面目そうな顔をしている。

 勉強一筋で生きてきて、最終的に手堅く役所に就職したようなタイプだ。


 そのままあれよあれよと海沿いに建つプレハブ小屋に連行されたわたしは、中にあったパイプ椅子に座らせられた。

 『ザ・一般人!』って感じでどう見ても真面目そうな人たちだったので、とりあえず反撃を控え、されるがままで連れられてきたが、はてどうしたものか。


 そして、何より問題なのは、事務机の向こう側に座ってこちらに値踏みの目を向けるオジサンだ。

 彼らの上司なのだろうか。

 グレーのスーツを着たやせ細ったオジサンで、特徴は黒メガネにスダレ頭。

 多分還暦間際ね。


 奇妙な沈黙の後、オジサンはわたしに向かって小さなカードを差し出した。

 カードには、『ターミア市総務部 防災安全課 害獣駆除係係長 ベルナーリ=ロッソ』と書かれている。

 わたしは、名刺と顔とを見比べつつ尋ねた。


「……役所の人?」

「そうです。浜で怪魚を退治してくださったそうでありがとうございました」

「ただの成り行きよ。で? わたしに何のご用かしら?」


 相手がかっちりとスーツ姿なのに対し、こちらは水着姿だ。

 しかも、胴に浮き輪をはめ、足にはヒレをつけたままだ。

 え? 羞恥プレイ?


 そんなわたしの困惑をよそに、ベルナーリ係長はわたしの前に一枚の紙を置いた。

 差し出された紙をのぞき込むと、『第一回海妖退治大会エントリー用紙』と書いてある。


「……なにこれ」

「海妖退治大会の参加申込書です」 

「そりゃ見れば分かるわよ。どういうこと?」 


 それに対し、ベルナーリはつまらなさそうな顔で答えた。

 というよりこの人、デフォルトで仏頂面ぶっちょうづらなんだ。なるほどなるほど。


「ちょうど明日、この浜で町おこしを兼ねた海妖退治の大会が開かれます。もちろん、入賞者には賞金が出ます。あなた様にそちらに参加していただきたいのです」

「……はぁ?」


 予想もしてなかった事態に、わたしは目を丸くしたのであった。

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