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第45話 第一回海妖退治大会

 港町ターミア。


 一年を通して暖かい上に、泳ぐのに適した白く輝く砂浜が長く広がっているため、海が開かれている時期は海水浴客が引きも切らず訪れるという一大観光都市である。


 例年通り、今年も一週間前に海開きが行われたのだが、今年はなぜかたった二日で海が閉鎖されてしまった。 


 お陰で、本来この時間なら砂浜のあちこちにレジャーシートやテントが敷かれ、芋を洗うレベルでにぎわっているはずが、今はまったく海水浴客がいない。

 海の家も、浜の閉鎖と同時に店を閉じてしまったので、寂しいことこの上ない。

 とはいえ、それは昨日までの話。


 今、砂浜に立っているのは、わたしを含めて大会参加者が五十名に、係員が三十名の、合わせて八十名くらい。

 皆、殺気立っている。


 だが真後ろ――砂浜から一段高いところにある道路側は、ガードレール越しにギャラリーが大勢集まっていた。

 昨日まであれだけ閑散としていたのにだ。


 参加者のいるこの砂浜が緊張感で静かなのと対照的に、ギャラリー席はお祭り騒ぎで凄まじく賑わっている。


 見ると、大会で儲けようというのか、飴やトウモロコシ、蒸かしイモ、唐揚げなどの屋台が所狭しと立ち並び、それぞれに長蛇ちょうだの列ができている。

 どうやら賭けも行われているようだ。 


 道路に立てられた巨大看板には『海妖退治大会得点表』と書かれ、出場者の名前と写真がデカデカと貼られている。


 遠視をする限り、わたしのオッズは参加者の中で一番低い。

 そりゃそうよね。こんな可憐な美少女が上位に入れるとは夢にも思わないでしょ。

 だが――。


「L、O、V、E、ラブリー、エリンちゅわぁぁぁぁぁああん!!」

「……恥っずかし!」


 青色の自家製法被はっぴを着た集団が道路の一角を占め、ペンライトを振って激しく踊っている。

 その数、およそ三百人。

 急遽きゅうきょ作られたわたしの応援団らしい。

 仕方ないから手を振ると、応援団が沸きまくる。

 手作り旗や応援幕を振る応援団はそこかしこにいるのだが、わたしの応援団だけあからさまにテンションが違う。


「凄いじゃないか、エリン。つい昨日の、締め切り間際でのエントリーだったのに、朝にはこんなにたくさんの応援団がいてさ」


 わたしの足元に立つ二足歩行の白猫アル――悪魔王ヴァル=アールがニヤニヤと笑いながらからかってくる。


「たった一日でこれだけの応援団を結成するって、いったいどこから情報を入手したのかしら。横のつながり、凄いわねー。でもそれにしてはオッズは低いのよね。応援はするけど優勝できるとは思っていないってことなんでしょ? 失礼しちゃうわね」


 わたしはこのイベントの馬鹿さ加減にため息をつきながら海を見つめた。

 波打ち際には黄黒のトラロープが張られ、その向こうに、浜を覆うように張られた広域結界が光っている――。


 ◇◆◇◆◇ 


 さて――。

 ここで、昨日わたしの受けた説明を簡単にお話しておくとするわね。


 そもそもの発端ほったんは一週間前。海開きの日までさかのぼる。

 例年、海水浴シーズンを狙って海からやってくる海妖モンスターもいるにはいるのだけれど、言ってみれば雑魚で、一定距離ごとに常駐しているライフセーバーたちによって都度退治されてことなきを得てきた。


 だが、今年に限ってなぜか敵の数が異様に多く、ライフセーバーだけでは対処しきれなくなったため、海開きをした翌日、急遽結界を張って海を閉鎖することにしたの。


 そうやって住民や観光客の安全を図りつつ腕に覚えのある参加者を募集し、一週間経った今日、海妖退治イベントを執り行うこととなった――というわけ。


 街の危機をイベントにしちゃうっていうのは、能天気っていうより、この街の人たちがお祭り好きなのだってことじゃないのかしらね。

 ということで、以上、説明終わり!


 結界の一角が、時折ときおりオレンジ色に光るのは、サハギンやケルピー、アウィツォトル、グレンデルといった様々な海妖たちが、これ見よがしに結界に攻撃を仕かけているからだ。

 おそらく、人間側の動きに何かを感じているんでしょう。


 もちろん、結界は接触しただけでダメージを受けるので、まだそれほど深刻な状況じゃないけれど、これだけの海妖が一斉に結界破壊を挑んできたらあっという間に破られてしまうだろう。

 であるならば、いっそのこと結界を解いて、一気に敵を殲滅せんめつしてしまおうという作戦だ。


 そうこうしているうちに、砂浜に置かれたテントから執行委員の腕章を付けたスーツ姿の人たちがぞろぞろと出てきた。

 昨日、わたしをプレハブに拉致った役所の面々だ。

 ひと際年長の、黒メガネにスダレ髪のオジサン――名刺をくれた係長が一歩前に出る。


「お待たせいたしました。海妖退治大会にエントリーしてくださった皆さん、おはようございます。本大会の執行委員長を務めさせていただきますベルネーリと申します。以後、よろしくお願いいたします」


 あちこちで拍手が起きる。

 ベルナーリはそれにうなずくと、話を続けた。


「まずは、エントリー時にお配りした報告用腕輪リポートブレスレットのガラス面をご確認ください。そこに写った数字がゼロになっておれば問題ありません。異常があるという方、いらっしゃったら今のうちに申告してください。よろしいですか?」


 皆、一斉にブレスレットを確認する。

 わたしも左手首に装着したブレスレットを見た。

 言われた通り、ガラス面には大きくゼロという数字が表示されている。


「ブレスレットの数字はあちらの得点板と連携し、リアルタイムで得点が加算され、順位が入れ替わるシステムとなっております」


 皆、ふむふむとうなずきながら聞いている。


「小物を数多く倒して地道に得点を稼ぐもよし。大物を倒して一気に高得点を狙うもよし。誰かと組んでアシスト点を重ねるもよし。やり方は人それぞれです。入賞は六位まででそれぞれ豪華な賞金・賞品が待っておりますので、皆さま、全力で討伐お願いいたします」

「おぉ!!」


 戦士の集団の一角で、ひと際大きな雄たけびが上がる。

 雄たけびの主は、金髪のソフトモヒカンで筋骨隆々、巨大な両刃斧を持った身長二メートル越えの巨漢だ。

 戦闘用メイクなのか、顔に濃緑の太い線が何本も走っている。

 なんのアピールか、防具は下半身のみで、裸の上半身はオイルでテカテカだ。


「L、O、V、E、ラブリー、エリンちゅわぁぁぁぁぁああん!!」 


 ちょうどそのタイミングで、再びギャラリー列のエリン応援団が大声で叫ぶ声が聞こえてきた。

 応援団に目をやった巨漢がわたしを見て笑う。


「ありゃお嬢ちゃんの応援団かい? 大勢そろえたようだが、どこぞの事務所所属のアイドルか何かか? 賑やかしにはちょうどいいが、死なないように注意するんだな」


 わたしははっきり言って、こういう自信たっぷりに上から目線で接してくるタイプが嫌いだ。大嫌いと言ってもいい。

 見た目で能力を判断する者はいつか必ず目測を見誤った挙句、足を引っ張る。


「誰だか知らないけど余計なお世話よ。あんたこそわたしの足を引っ張らないよう注意なさい」

「はっは! この『旋風せんぷうのドリトス』さまに対してよくもそんな大口を叩けたもんだ。可愛い顔して命知らずなんだな、お嬢ちゃん」

「聞いたこともないわね。雑魚は引っ込め」

「なんだとぉぉお!?」


 顔を真っ赤にして怒る自称有名人の大男と、それを鼻で笑うわたしとが、近距離で見つめ合う。

 が、そこで思わぬ方向から仲裁が入った。


「そこのお二方ふたかた、戦闘意欲は敵に対してのみ発揮してください。さ、そろそろ時間になりますよ。皆さんご用意はいいですか?」


 執行委員長のベルネーリが、たいして興味もなさそうに喧嘩を止めると、懐から詠唱銃スペルキャスターを取り出し、空に向かって構えた。


タァァァン! パァァァァァアアアン!!


 ベルネーリの発射した弾は花火弾だったようで、上空高く飛ぶと、そこで大輪の花を咲かせた。


「スタートです! 皆さん、ご武運を!」


 それを合図に参加者が海に向かって一斉に走りだした。

 同時に、海岸沿いに張られた広域結界が解かれ、海から大量に海妖が上陸してくる。

 こうして、第一回海妖退治大会が幕を開けたのであった。

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