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第46話 圧倒的勝利

 開始と同時に、参加者たちが雄たけびを上げて海に向かって走りだした。

 対抗すべく、海からも続々と海妖たちが上陸してくる。


 魚人型海妖サハギン。馬型海妖ケルピー。狼型海妖アウィツォトル。巨人型海妖グレンデル。その他、魚型の小妖がたくさん。

 言うまでもなく、数は圧倒的に海妖の方が多い。

 だが、魔法使いも多く参加しているので、皆、上手く連携しつつ敵を確実に葬っていく。


「んじゃ、そろそろわたしたちもいこっか、アル。フィアット ルックス(光あれ)」

「オーケー。派手にいこうぜ!」


 わたしは、共に波打ち際を目指して歩く白猫アルにウィンクをすると、着ていた黒いゴスロリ服の懐からピンク色の短杖ワンドを取り出し、始動キーを唱えた。


 ん? 何で今日は水着じゃないのかって? いやいや。さすがに戦闘するって分かってて水着は着てこないってば。


 すでに浜のあちこちで戦端が開かれて、参加者が順調に点数を重ねている。

 賞金が欲しいわけでもないので他人の邪魔をするつもりはないけど、一方でまどろっこしいと思ってしまう。


 ちまちまやるの、苦手なのよ。どうせやるならド派手に殲滅せんめつしたいじゃない? ほら、ストレスの発散ってやつ。

 ……お祭りっぽいし、多少は派手にやってもいいわよね。


 歩きながら宙に魔法陣を描く。


「ヴォカテ トニトゥリーブス スピリートゥム(雷精召喚)!」


 魔法陣から飛び出した十個ばかりの雷球が、波打ち際に向かって歩くわたしを取り囲むように宙に浮いた。

 雷球の表面を雷が走る。


 この雷球は、射程距離内に敵が入ると勝手にターゲッティングして迎撃してくれる優れものだ。


 バシュっ! バシュっっ!!

 ドガガガァァァァァァアアアアン!!


 早速自動迎撃モードの雷球から一斉に雷の矢が飛び出すと、砂浜に侵入してきた海妖を襲った。


 雷の矢はひっきりなしに発射され、当たると同時に大爆発を起こしている。

 サハギンの頭がボールのように吹っ飛び、ケルピーの胴が爆散する。


 今回浜に押し寄せた海妖たちは人を襲う。

 その目的は人間の捕食だ。

 そうなると、不殺主義のわたしでも敵の殲滅を基本方針とせざるを得ない。

 結果、虐殺状態ジェノサイドとなってしまうが、これは致し方ないところだろう。


「な、なんだ!?」


 浜のあちこちで起こった爆発音に驚いたか、参加者たちが慌てて戦闘中の敵海妖から距離を取った。


「L、O、V、E、ラブリー、エリンちゅわぁぁぁぁぁああん!!」 


 ギャラリー席を陣取るわたしの非公認ファンクラブの人たちが、大興奮でアイドルコールをしている。 

 不審に思って得点板を見ると、順位が目まぐるしく入れ替わる中、わたしの得点が加速度的に増えていく。


 「うーん。順位も賞金もどうでもいいんだけどなぁ……」


 そう言いつつも、雷球からは雷の矢が次々と発射され、海妖を着実に葬っていく。


 身長五メートルの海坊主――グレンデルが、両刃斧を持った巨漢――旋風のドリトスを右手の一振りで吹っ飛ばすと、次のターゲットをわたしと定めたらしく、ドスドスと地響きを立てつつ迫ってきた。


 どうやら敵もなんとなくチームを組んで戦っていたらしく、先頭のグレンデルから遅れること数秒で、更に四体のグレンデルが駆けてきた。

 砂を蹴立てて巨人が五体も迫ってくるとなると、さすがに迫力が半端ない。


「トーレンス トゥニトゥリ(雷の奔流ほんりゅう)!」


 わたしを囲むように浮いていた十個の雷球が素早くわたしの前方に回り込むと、グレンデルに向かって一斉に雷のビームを放った。


 ガガガガガガッガガガン!!!!

 ……ズダァァァァァァン!!!!


 巨体があだとなったか、身体じゅうに雷が当たりまくったグレンデルたちが黒焦げになってその場に倒れた。

 いちいち近寄って確認するまでもなく息絶えていると分かる。


 ズモモモモモモモモ。


 グレンデル軍団の全滅が合図となったか、海を割って巨大なタコの化け物が姿を現した。

 クラーケンだ。


「きゃぁぁあぁぁぁぁぁああああ!」

「うおぉぉっぉぉぉぉぉ!!」


 浜やギャラリー席のあちこちから悲鳴が上がる。

 そりゃそうだ。全長十メートルを超える化け物が上陸してきたとあっては、さすがに恐怖に震えるというものだ。

 だが、本来深い海の底にいるはずのクラーケンが、なぜこんな砂浜近くまで上がってきているのか……。


 魔法使いたちの援護のもと、一部戦士たちが吶喊とっかんしたが、足の一振りで空高く吹っ飛ばされた。

 その様子を注意深く見ていたアルがわたしの方に振り返る。


「もう海の中におもだった海妖はいないみたいだ。上陸済みの雑魚も、あのクラーケンを倒せば逃走するだろ」

「ってことは、あれを今回のボスと考えていいってことね。でも、北の海にいるはずのクラーケンがなんでこんな南の海にいるのかしら。不思議なこともあるものね。よし、行け、雷球!」


 わたしの指示のもと、雷球は数珠のように連なりながら飛ぶと、上陸しつつあるクラーケンの頭上を陣取った。

 近接戦闘職の面々と共にクラーケンと戦いを繰り広げていた参加者たちの一人――老婆の魔法使いが、その様子を見て慌てて叫んだ。


「ありゃヤバいね! あんたたち、逃げるよ!!」

「うわわわわ!」


 魔法使いだけあって、わたしが何をやろうとしているか分かったのだろう。

 その声の様子から尋常でない事態が起こりそうだと悟った周りの参加者が、急いでクラーケンから距離をとる。


 全員の避難を確認したわたしは、右手に持った短杖ワンドを思いっきり下に振り抜いた。


「ムルティトニィトゥリ(万雷ばんらい)!!」


 ドドドドドドドドォォォォン! ドドドドドドドドォォォォンンンン! ドドドドドドドドォォォォォォンンンン!!!!


 円形に連なった雷球から、特大の雷がクラーケンに向かって降り注いだ。

 止まぬ雷の雨がクラーケンの頭上に落ち続ける。


 グォォォォォォォォォオオ……。

 ズダダァァァアン。


 一分にも及ぶ雷の雨を食らい続けたクラーケンは、やがて断末魔の悲鳴を上げつつ砂浜に倒れた。

 雷で程よく焼かれたようで、その巨体からはブスブスと煙が上がっている。

 なにげに磯焼き的な、食欲をそそるいい匂いがしてくる。


「……食べられると思う?」

「だから、やめとけって!」


 隣にいる白猫アルが即座に否定する。

 そっか、無理か。いい匂いがしているのになぁ。


「うぉぉぉぉぉぉっぉぉぉ!!」


 ギャラリー席から万雷の拍手が沸き起こった。

 砂浜にいた海妖退治大会参加者たちからも拍手が上がる。


 アルの読み通り、小妖たちはクラーケンが倒されたのを機に、一斉に海に戻っていった。

 これでしばらくは、この浜に平和が訪れることだろう。 

 明日にでも海水浴が再開されるはずだ。


 ホっと安堵の息を吐きながら得点板を見ると、わたしの特大写真が電飾でキラキラと光っていた。

 応援団がその前で喜びの舞を踊っている。


 あら、ぶっちぎりだわ。悪いことしちゃったかしら。


 ともあれ。

 こうして港町ターミアの海水浴場で開かれた今回の海妖退治大会は、わたし――エリン=イーシュファルトの優勝で幕を閉じたのであった。

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